プレミアリーグ前半戦総括(1-19節) 〜リバプールFC〜
目次
リバプールの現在状況
リーグ当初は、負傷者の続出やCOVID-19の影響などで思うように選手を起用できなかったものの、ギリギリの試合でもディフェンディングチャンピオンらしくしっかりと勝ち点を積み重ね、首位をキープしていたが、前半戦折り返し間際に5試合未勝利で、チャンピオンズリーグ(CL)圏外の5位、首位との勝ち点差は7と少しばかり不安の残るかたちで折り返すこととなった。
ファン ダイクとジョー ゴメスのCBコンビの復帰時期がまだまだ先であることで守備面が気がかりであるが、直近4試合無得点と攻撃面にも懸念が高まっている。
リバプールの戦術
近年のリバプールは、トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするサッカーを行なっている。
このサッカーは、リバプールの伝統で長らく受け継がれてきたものでは無く、2015年にユルゲン クロップ監督が就任して以降、彼によって徐々に植え付けられていったものである。
そして、2年後の17-18シーズンにはCL決勝に進出、翌年に優勝、更に翌年にはクラブ30年振りとなるリーグ制覇、と錚々たる歴史を持つリバプールのなかでも史上最強とも呼ばれるチームを作った。
そんなリバプールのサッカーが今シーズンから大きく変化している。
攻撃戦術
・ビルドアップ
図1
図2
まず、昨シーズンまでリバプールのビルドアップについてであるが、基本的にCB2枚で行い、両SBがそこまで高い位置を取らずに補助する形で行われていた。[図1参照]
しかし、今シーズンのリバプールのビルドアップは、3枚の中盤のうちの1枚(場合によっては2枚)をDFラインまで下ろしてCB2枚と中盤の計3枚(もしくは4枚)で行われている。[図2参照]
この些細なビルドアップの変化は、リバプールのサッカー自体を変革した。
ここからは、具体的に昨シーズンまでのリバプールのサッカーを掘り下げていく。
図3
リバプールは、ビルドアップにショートパスだけで無く、頻繁に両WGや両SBへのロングボールを使う。
彼らは、ロングボールを駆使して一気にチャンスを作ることもあれば、サイドtoサイドでボールを展開して相手の守備のスライドが遅れたところにクサビのパスを差し込んでチャンスを作ることもできる。
これにより、ハイプレスをかけるチームが相手であれ、ブロックを形成して守るチームが相手であれ、ロングボールで展開することで多少なりとも守備陣形にズレを生む事ができる。
なぜなら、ディフェンダーは当然のことながらゴールに近い中央やボールがあるボールサイドへ細心の注意を払い、逆サイド(ウィークサイド)は二の次なるからだ。
リバプールは、このロングボールを用いた展開力が圧倒的に優れているチームである。
リバプールの最大の武器は、周知の事実の通り、両WGが世界ナンバーワンの破壊力を持つ事であるが、この2人の特筆すべきところはオンザボール(ドリブルでの仕掛け)だけでなく、オフザボールも一流であるところだ。
勿論、ディフェンダーはマネやサラーのドリブルを警戒するが、裏へ抜け出すことも得意であり、状況に応じて足元のスペースと裏のスペースを使い分けるため、対処するのは困難だ。
大きな展開から足元で受ければ、WGはドリブルでカットインする。
この時、IHはハーフスペースに走り込みやゴール前への飛び出し、SBはオーバーラップや低い位置からのアーリークロスなど各ポジションに応じて多彩なパターンを持つため、これを90分間凌ぎ続けることは容易でない。
逆に足元ばかりを気にしすぎると、その爆発的なスプリント力を活かして、相手の最終ラインとの駆け引きからであったり、フィルミーノはよく降りてボールを引き出すのでその空いたスペースへダイアゴナルに走り込んだりと、一気にゴール前へ抜け出して得点に繋げてしまう。[図3参照]
では、何故このようなビルドアップから攻撃が成り立つのだろうか?また、何故世界王者であるリバプールの戦術を模範として取り入れるチームが殆ど出てこないのか?
理由は大きく分けて3つある。
まず、上記のようにWGがオフザボール時、オンザボール時、共に高いレベルでプレー出来ること、
次に、そのWGにCBとSBがDF選手とは思えないくらい精度の高いロングボールを蹴る事が出来ること、
そして、最初に述べたようにリバプールの代名詞であるトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするサッカーをすること、である。
CBが精度の高いロングボールを蹴る事が出来ることについてであるが、CBのファン ダイクとマティプはサイドチェンジのフィードやライン間への縦パス、相手DF裏へのロングボールなど多彩なパスを高精度で送る事ができ、前線にいる選手の動きを見逃さない視野の広さがある。彼らのこの能力は世界でもトップクラスである。
また、2人共に足元の能力も十分に兼ね備えているため、ミスが少なく、プレッシャーをものともせずにパスを繋ぐことができる。
怪我がちのマティプの代わりとして度々出場するジョー ゴメスのパス精度はこの2人に比べると劣るとはいえ、デビュー当時からはかなりの成長を見せており、プレミアリーグ(PL)のCBの中でパスの精度は比較的良い方といえるだろう。
また、アリソンもGK界屈指の正確なフィードを蹴る事ができるので、相手チームのハイプレスにより出しどころが見当たらない時や奪ってからのロングカウンターの時など繋ぎの部分でも大きな助けとなっている。
DFではないが、アンカーのファビーニョも低い位置ではシンプルに捌き、高い位置では鋭い縦パスや相手の背後に落とすボール、正確なフィードを織り交ぜたミドルパスを繰り出すことができる。
図3
このような彼らの能力からリバプールは、基本的にCBの2人を中心でビルドアップする事ができるのだ。
勿論、SBやアンカーがビルドアップの補助はするものの、両IHは相手のブロックの中や前にいて、ビルドアップの補助は基本行わない。[図3参照]
ここで重要となるのは、0トップのフィルミーノだ。
ビルドアップのパス回しが上手く行っていないときは、彼が中盤まで下がってたり、ライン間に絶妙なポジションを取ったりしてボールを引き出す仕事をする。
CFが降りてくるためマークは当然混乱し、また、彼もオフザボールのポジショニングが抜群なので、フリーでボールを受けれるという仕組みだ。
※0トップとは、
0トップとは、バルセロナ時代メッシを活かす戦術としてグアルディオラが浸透させたCFが下がってゲームメイクに参加する戦術のことであり、その特性からフォルス9や偽9番とも呼ばれる。
CFが降りることでマークが混乱し、フリーになりやすいのが特徴だ。
ライン間でフリーになれれば、パスやドリブルなど出来ることの選択肢は多くなる。
フリーにさせまいとCBが寄せてきたらスペースが生まれ、そこにWGがダイアゴナルに走ることで得点チャンスとなる。
偽9番のCF:タイミング良く降り、ボールを捌ける能力。当然、DFを背負ってのプレーが多くなるので、背負ってもプレーできるフィジカルや背負っても失わないテクニックも必要。
偽9番のときのWG:CFが空けたスペースにダイアゴナルに走り込めるオフザボールの技術。(IHが二列目から飛び出すパターンもあるが、基本はWGができるのが好ましい。
フィルミーノは、フィジカルとテクニックに優れているので、スペースが狭い中盤でボールを受けてもボールを上手く捌ける。更に、トラップしてターンするのか、ドリブルで持ち運ぶのか、ダイレクトで味方に落とすのか、など瞬時に判断できる状況判断力も優れているので、偽9番に最適な選手だ。
このように、フィルミーノのような選手が中盤で動き回って、ボールを自由に引き出し、パス回しを活性化されることを、相手は防がなければならないのだが、かと言って、相手CBが付いていけば、前述したようにマネとサラーが活きてくるので、相手にとってはとても厄介だ。
※ 殆どのチームがビルドアップを2枚で行わないのは?
第一に2枚で組み立てるのはそもそも困難であるから、第二にリスキーであるからだ。
1トップ(3トップ)のチームの場合は、相手CFがプレッシャーをかけ、相手両ワイドが中盤を見ながらSBに付いて、相手MFが中のパスコースを消すというのがセオリーであるが、この時、ボールホルダーのCBにある安全なパスコースは相方のCBとGKだけである。
2トップのチームの場合は、2枚のCFが中盤(主にアンカー)を消しながらプレッシャーをかけ、相手両ワイドが中盤を見ながらSBに付いて、相手MFが中のパスコースを消すというのがセオリーであるが、この時、ボールホルダーにある安全なパスコースはGKのみである。
(勿論、守備の仕方はチームによってそれぞれの決まり事があり、各チーム様々なので、これはあくまで例である。)
このように、そもそもビルドアップが成り立たない状況に陥る事が多いため、3枚や4枚で組み立てる事が一般的である。
二つ目のリスキーというのは、ミスがより失点に直結しやすくなるということである。
後ろの枚数が少ないということはその分パスコースが少ないということであり、そんな難しい状況下でのビルドアップであるからミスが起こりやすくなるのは必然である。その状況下でのボールロストは、そのまま一気に失点に繋がるような危険な状況になりかねないということだ。
また、SBのロバートソンとアーノルドもクロスは勿論、サイドチェンジのフィードやライン間への縦パス、相手DF裏へのロングボールなど多彩なパスを世界最高レベルで送る事が出来る。
彼らが、ビルドアップの時点からロングボールで前線の選手へという状況はあまり多く無いが、それでもハイプレッシャーによりハメられてしまった時や相手チームが深くまで攻め込んでいてボールを奪った時などには、彼らの1つのキックだけでピンチから瞬く間にチャンスへと変わるシーンを幾度となく見てきた。
彼らは、逆サイドの選手という関係性であるにも関わらず、お互いのことをとても意識しており、頻繁に彼ら間でのサイド to サイドの展開が見られる。
ここからは、ビルドアップの特徴を探っていこう。
ビルドアップにショートパスだけでなく、頻繁にロングボールを使うチームが少ないのは、そもそも高いキック精度のCBがいない事、そして仮にいたとしても失うリスクが高すぎる事が要因だ。
当然、リバプールにはCBが精度の高いロングボールを蹴る事が出来るので高いキック精度のCBがいないという点について問題はない。
ただ、いくら精度の高いフィードを蹴る事が出来るとはいえ、ショートパスでビルドアップするのに比べたら距離があり、パスも浮き球であるので断然ボールを失うリスクも高くなる。
しかし、これこそがリバプールの狙いなのだ。
どう言う事なのか?
前述したように、リバプールはトランジションを最も重視している。
※ トランジションの重要性
そもそも、攻守の切り替わりの瞬間というのがとても重要であるというスポーツは多いが、サッカーも例外ではなく、最も重要であると言っても過言では無い。
サッカーというスポーツは、ボールを保持している(攻)場面とボールを保持していない(守)場面の2つの局面があり、局面によって選手のやることはまるで違う。
そのため、守備から攻撃へと切り替わる瞬間(いわゆるポジティブトランジション)は、相手チームの意識や身体の矢印の方向は前に向いている事が多く、攻撃から守備へと切り替わる瞬間(いわゆるネガティブトランジション)は、相手チームの意識や身体の矢印の方向は後ろに向いている事が多い。
現代サッカーは、攻撃の戦術にバリエーションが増えていっている一方で、守備の戦術というのがとても進化しており、陣形が整った守備を崩すことが容易でなくなってきたのと共に、選手のアスリート化が進んでプレースピードが上がったため、ポジティブトランジションから早い攻撃により、守備の陣形が整う前にフィニッシュまで完結する事が得点への近道となった。
実際、全得点50%以上がトランジションからの得点というデータもある。
これは組み立てる際の根本に、ロングボールが繋がるに越したことはないが、失ったとしてもトランジションの状況になるので別に良いという考えがある。
・崩し
図3
ボールを失い、相手チームに渡ると、ボールホルダーに対して前線から近くの選手が群がるように激しく連続してプレスに行く。(ゲーゲンプレス・カウンタープレス)
この時、IHのワイナルドュムやヘンダーソン、0トップのフィルミーノのポジショニングは重要だ。
彼らは基本的にビルドアップに関わらずに割と高い位置を取って、いち早くセカンドボールに反応できるようなポジションを取るのと同時に、万が一セカンドボールを回収できなくともネガティブトランジション時、すぐにマネやサラーと連動してプレスに行くことができるポジションを取っているのだ。
つまり、ロングボールを蹴ることで自主的にトランジションの局面を作り出し、リバプールの特徴であり長所であるトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを最大限に活かせるようにしているのだ。
また、ボールが繋がれば、IHはすでに高い位置にいるのでチャンスとなる。
相手が前がかりにプレッシングに来ており数的有利な場合は、マネやサラーのスピードのあるドリブルからカウンター気味に攻撃し、チャンスとなる。
相手がブロックを作った場合は、クロスを中心とした多彩なパターンからチャンスを作る。
このとき特徴的なのは、中の枚数が多いという事だ。常に3枚或いは4枚クロスに対して準備している。
まず、WGにボールが渡るとIHは内側をインナーラップするように走るのが基本である。
図4
IHのランニングによって、ハーフスペースの深い位置を突ければ、クロスなどから得点チャンスとなる。[図4参照]
図5
IHのランニングに相手DFが引きつけられたら、サラーやマネお得意のカットインドリブルができ、そこからのパスやシュートで得点チャンスとなる。[図5参照]
図6
また、特に右サイド攻撃にありがちであるサラーがボールを後ろのアーノルドに下げれることで、彼からの高精度なアーリークロスによって得点チャンスとなる。[図6参照]
リバプールのフィニッシュパターンはこれら以外にもあり、瞬時に使い分けるので防ぐのは簡単では無い。
他にも、
奪ってからの素早いショートカウンターや、
持ち前の運動量から一気に前に人が出ていく迫力のあるロングカウンター、
ロバートソンの深い位置までえぐったオーバーラップからのクロス、
セットプレーからなど、たくさんの崩し(得点パターン)を持っており、様々な形から点を取ることができるのがリバプールの強みである。
そして、これらが昨シーズンまでのリバプールの攻撃の戦術の全容である。
今シーズンからの変化
大きく分けて変化した事は3つある。
図1
図2
1つ目のポイントは、ビルドアップ時に、中盤の選手が1枚若しくは2枚下がってくるようになり、それに連動してSBの選手が相当高い位置を取るようになったことだ。[図2①参照]
今シーズンは怪我人の続出により、ヘンダーソンがアンカーを務め、代わりにミルナーやジョーンズがIHに起用されることがメインとなったが、ミルナーやワイナルドュムとヘンダーソンは昨シーズンのようなポジションを取らずに、CB横に流れてビルドアップを助けるようなったのだ。(勿論、相手や試合の状況に応じてうまくいかないときは中盤が下がってビルドアップを補助する事はあったが、一時的なものであり、このやり方を型として採用しているようではなかった。)
また、ジョーンズもサイドに流れてボールを受けることを好むため、MFの選手が中央にいることが減り、ボールが中に入らず外回りになっている時もあり、昨シーズンと比べると明らかに中盤が後ろ重心になっている。[図2①参照]
2つ目のポイントは、基本のポジショニングがサイドであったWGが最初から中にポジションを取るので2トップのような初期配置になっていることだ。[図2②参照]
①で述べたようにMFの選手が降りてくるので、それに連動してSBがWGのような高い位置を取る。それに連動してWGが内側に入るといった流れだ。
確かに昨シーズンも0トップのフィルミーノが中盤まで降りていき、2トップのような陣形になる事はしばしば見受けられたのだが、これは一時的な状況であり、あくまでマネとサラーはWGとしてプレーしていた。(勿論、バイタルエリアやペナルティーエリア内ではポジショニングが不規則に変わるし、彼らはヘディングでの得点もできるので中央にいることも多かった。)
彼らがより内側でプレーすることで、破壊力抜群のドリブルの仕掛けや相手DFラインへの裏抜けが減少しており、長所を最大限に活かしきれておらず、試合によっては攻撃の単調化に繋がっている。
また、アーリークロスが武器であるアーノルドは、少し低い位置にポジションを取ることを好むので、高い位置で幅を取るWGのような役割は彼の長所も最大限に活かしきれていない。(クロップはアーノルドをここまで成長させてきており、彼もまだ22歳であるので、今後高い位置で幅を取る役割もこなせるように育てている可能性も十分にあるが、現段階ではアーノルドの最適解を見出せていない。)
実際、アーノルドは高い位置で幅を取らなければならない状況でも低い位置にポジショニングしていて、降りてきたヘンダーソンがもっと前に行くように指示してるのを何度か見かける場面もあったくらいだ。
これらのことから、リバプールの特徴である精度の高いロングボールを駆使したビルドアップからショートパスをベースとしたビルドアップへと明らかにに変化していることがわかる。
それに伴い、フォーメーションにも変化が見られるようになった。
昨シーズンは殆どの試合にリバプールのシステムの象徴である4-3-3を起用していたのだが、今シーズンは度々4-2-3-1の起用も行なっている。
これはチアゴの加入も影響しているだろうが、三列目の人数を増やし、4-3-3よりも後ろ重心にすることで、ボール保持をより活性化させるためとも言える。
このようにフォーメーションからもリバプールのポゼッション化が進んでいることが読み取れる。
3つ目のポイントは、DF陣に怪我人が続出したということだ。特にビルドアップの要であり、昨シーズンフル稼働したファン ダイクがエバートン戦で相手選手との接触により長期離脱を強いられたことは、守備への影響は勿論なこと、攻撃面にも影響を及ぼしている。
また、相方のマティプが怪我がちである事は相変わらずで離脱と復帰を繰り返している。
更に拍車をかけるように、代表のトレーニング中に負傷したジョー ゴメスも今シーズン絶望の可能性すらあり、CBの枚数が不足している事は明白である。
このような事態からアンカーのファビーニョを常時CBとして換算し、もう一枚をマティプか、今シーズンまでトップチームで試合経験がなかったウィリアムズとフィリップスもしくは、中盤のヘンダーソン落としての起用をして、なんとかやり繰りしている。[図2③参照]
この3つ目のポイントであるDF陣に怪我人が続出したことが、リバプールがビルドアップを変化せざるを得なくなったきっかけであると思う人もいるかもしれない。
なぜなら、私も再三述べているようにリバプールのビルドアップの最大の起点は、CBにあるからだ。
これは、多少なりともの原因になるかもしれないが、ビルドアップ変化の根本には別の理由がある。
と言うのも、ファン ダイクやジョー ゴメス、マティプが戦線を離れる前のPL序盤の頃から中盤が降りてきてビルドアップを補助する型を常時のスタイルとして行なっていたのだ。
もっと言えば、私は昨シーズン終盤から多少の変化による違和感を感じていたのだが、それが確信に変わった試合が、20-21シーズン最初の試合のコミュニティシールド決勝のアーセナル戦である。
つまり、クロップは20-21シーズンに向けてビルドアップの変化を用意していたのだ。
では何故、今まで上手くいっていたビルドアップを辞め、黄金期を築いたサッカーを変えたのだろうか?
これには様々な見解があるかもしれないが、私が思う最大の理由は、COVID-19による試合の中断とそれによって起こった20-21シーズンの超過密日程の影響により、リバプールの特徴のサッカーが困難になったからであると考えている。
※ 20-21シーズンの超過密日程とは
再三述べているように、リバプールのサッカーはとにかくインテンシティ高く走り回るため、これらが高いレベルで行える運動量豊富な選手を多く揃えている。
それでもこのサッカーをシーズン通して続けるのは至難の業であるが、19-20シーズンは、前線と中盤に巧みにターンオーバーを挟みながら上手くシーズンを乗り切り、リーグ優勝に至った。
PLは、世界の中で最もフィジカル的なサッカーであるため、その分疲労度も高い。
加えて、リーグカップ(カラバオカップ)の他にFAカップもあり、年末のウィンターブレイクも無いので、他のリーグより、日程的にも身体的にも厳しいはずだ。
このような状況下のため、クロップは日程面に関して、度々、リーグや放送局に苦言を呈していたのだが、COVID-19の影響によりその過密さは更に加速したのだ。
また、そのために少しでも選手への負担が軽減されるようにとヨーロッパの殆どリーグが交代枠5枚制を採用しているが、PLの交代枠は未だに3枚のままであり、これもPLの厳しさを加速させている。
また、リーグ戦の過密日程よりも更に過酷になったのがヨーロッパの大会である。
CLとELのグループステージは、通常、約2週間に1試合の間隔で行われるのだが、今シーズンは半分の約1週間に1試合の間隔になっている。
これらの超過密日程となった20-21シーズンの環境の中でどう戦っていくのか、チームによって様々な方法があると思うが、一般的に考えると、
ローテーションをより活用して選手の試合数を減らし休ませながらシーズンを戦う、又は、選手の疲労や負傷者が出ることはある程度承知の上で通常通り戦う方法がある。
これらはピッチ外での手段であるが、ピッチ内において試合中に選手たちのインテンシティを低くするという方法もある。
クロップはここに目をつけたのだ。
つまり、この超過密日程下でリバプールのトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするスタイルを貫くのは得策でないと予め考えており、より疲労が少なくなるボール保持を重視としたサッカーに切り替えたのではないかと私は思う。
他にも、対世界王者相手として引いて守り、カウンターをベースにするチームや完全にブロックを形成し、勝ち点1を取れれば良しとするようなチームが増えてきてボールを持たされる展開が必然的に増えた事や、
そんな中でもセットプレーであったり持ち前の勝負強さから勝ち点1の試合を勝ち点3にしていたものの、CLでアトレティコ・マドリード相手に惨敗したため、今夏のチアゴの補強からも推論されるように引いて守りを固める相手への攻略としてもう一段階進歩が必要になった事、
などの色々な理由や事情があるだろうが、
とにかくリバプールの攻撃は、ポゼッションスタイルへと近づいていっている。
実際なんと、20/21シーズン19節終了の時点で、平均ボール支配率65%、パス本数と共にリーグトップである。
対して、リバプールのカウンターでの得点は、
19/20シーズン-10点
20/21シーズン-3点(大量得点のパレス戦で2点)
と減少している。
※チアゴの補強
クロップやエドワーズを中心としたリバプールの補強に携わる上層部は、補強戦略として、基本的には将来有望の若手しか獲得しないということを明言しているが、そんな中、29歳とサッカー選手としてはベテランの域に差し掛かっているチアゴを今夏に獲得した。
しかもチアゴは、インテンシティの高さを求めるリバプールの中盤像とは、かけ離れている選手である。
何故、そんな選手をリバプールは補強したのか。
前述したように、それは恐らく、世界王者であるリバプールに対してアトレティコ・Mのようにブロックを固めて守るチームが今後どんどん増加していくと推測されたからだろう。
つまり、今後はリバプールがボールを長く保持する展開の試合が増え、トランジションの早さを活かす状況が減ってくるということだ。
勿論、だからといって、リバプールらしいトランジションの早さやインテンシティの高さがいらなくなるということは全く無いのだが、そういう選手とは別にリトリートする相手を崩すピースとして、長短のパス、特にライン間に差し込む鋭いくさびのパスや相手の裏を描くスルーパスに抜群に優れているいわばテクニック系の選手であるチアゴを補強したのだ。
テクニック系といっても昨シーズンの世界王者のバイエルンでプレーしていただけあり、スペースを埋める守りやカバーリング、読みの効いたインターセプトなどポジショニングの良さや頭脳を使ったプレーが得意で、守備面でも貢献できる選手である。
勿論、中盤が降りてきて最終ラインのビルドアップを補助することによって相手の陣形が崩れたり、縦へのパスが入りやすくなったりと良くなる事も多々あるのだが、
選手配置の最適解を導けていないまま、相手や試合に応じて使い分けることができていないのが、リバプールの攻撃の停滞であり、リバプールらしさが失われている要因である。
守備戦術
リバプールは、トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを行うサッカーと、攻撃戦術で幾度となく述べてきたが、これは守備の戦術であり、激しく攻守が入れ替わるので、攻守の戦術は表裏一体なのである。
攻撃の戦術に関しては今シーズンからの変化が見られたが、守備の戦術に関しては昨シーズンとの変わりは殆どない。
では、まずリバプールのプレッシングについて掘り下げていく。
・プレッシング
図7
リバプールの守備は、攻撃戦術でも述べたようにボールホルダーに対して前線から近くの選手が群がるように激しく連続してプレスに行く。(ゲーゲンプレス・カウンタープレス)
そのため、選手の間の距離が近く、ボールサイドやボール近辺に選手が密集しているのが特徴的である。
そして、縦パスが入ったり、サイドに追い込んだりした時に、畳み掛けてプレッシングに行く。
このとき、MFやSBが出て行ってボールを奪いに行くのと同時にFWがプレスバックして囲い込んでボール奪取するのだ。[図7参照]
特にフィルミーノやマネは、ボールホルダーに対して追いかけて牽制をするいわゆるアリバイ守備ではなく、しっかりとボール奪取をできる選手である。
ここからは具体的にリバプールのプレッシングの原則について説明する。
図8 (アンカーのパターン)
図9 (DMF2枚のパターン)
図10 (ダウンスリーのパターン)
リバプールのプレスにおいて一番鍵となるのはFW陣である。
FWには、第一防波堤として、相手に自由にボールを蹴らせないようコースを限定しながらのプレスと中盤と連動して後ろから挟み込むプレスバックが求められる。
まず鉄則として、ビルドアップの時は、相手CBやGKにボールを持たさせる。WGのマネとサラーは相手SBのコースを切りながらボールホルダーにプレスに行き、STのフィルミーノが相手MFを見ながら相手CBに圧力をかける。[図8、9、10④参照]
MFには、積極的プレッシングに行ったり、セカンドボールを回収したりとピッチを縦横無尽に走り回れる高い運動量と、球際やコンタクトで負けないずにボール奪取できる高いインテンシティが求められる。
IHは、相手の中盤の選手のかなり近い位置にポジショニングし、彼らにボールが入ったら、前を向かせないのを前提にしてインテンシティ高くボール奪取に行く。状況によってFW陣がプレスに行くことが間に合わないときは、IHのどちらかが出ていって積極的にプレスを行う。
また、アンカーは、サイドにボールが入った時も中央でどっしりと構えているというよりも、ボールサイドに流れていってボールを回収する。(ボールサイドのIHとアンカーがサイドに流れてボールホルダー近辺を囲い、逆のIHが中央のスペースをカバーする。) [図8、9、10⑤参照]
DFには、相手がハイプレスに押されてロングボールを蹴ったときに跳ね返すことができる高さ、ハイラインの裏をカバーできる速さ、そして少ない人数でも守りきれる対人の強さとDFに必要な能力の全てが求められる。
リバプールは、FWがかなり高い位置からハイプレスをかけるため、それに連動して基本的に最終ラインはとても高く、状況に応じて、SBが高い位置まで出て行ってプレスをかける。
このとき、GKのアリソンがかなり前まで出てきていて裏へのボールをケアする。[図8、9、10⑥参照]
※相手に応じた細かいプレスの違い
相手がアンカー起用の場合は、STのフィルミーノが相手アンカーを消しながら、相手CBに圧力をかける。当然、両WGはサイドのコースを消しながらプレスをハメに行き、IHが相手IHを牽制しながら連動する。[図8④参照]
相手がセンターに2枚のDMF起用の場合は、フィルミーノが両方を見ながらも、相手CBに圧力をかけると同時に、IHの片方もしくは両方がかなり高い位置で相手DMFを牽制している。当然、両WGはサイドのコースを消しながらプレスをハメに行く。
[図9④参照]
相手が中盤を最終ラインに落としてビルドアップ補助する場合や元々5バックの場合は、3トップが各々対峙する相手を見ながらプレスに行く。中盤とボールサイドのSBは、相手中盤と高い位置を取ったSBを牽制する。この時も両WGはサイドのコースを消しながらプレスをハメに行く。[図10④参照]
・ブロック
そもそも、リバプールは前からのプレッシングの守備がメインであり、そこで奪いきれることが多く、奪いきれないとカウンターを喰らうので、あまり押し込まれた状態が長く続く展開にはならないというのが前提にあるが、
押し込まれたときのブロックは、基本4-3-3の形を維持したままの型であるが、WGがあまり深い位置まで戻らないので、運動量の高い中盤の3枚がスライドして守備を行う。
また、時折試合の状況によって4-4-2のブロックを組むシーンも見られる。
前述したように、守備において昨シーズンとの比較で大きく変化した点はないが、ファビーニョがCBに下がったことによる弊害は少なからずある。
彼が下がったこともあり、中盤の代わりに起用される選手はリバプールらしさを兼ね備えたミルナーやチェンバレンだけでなく、ジョーンズやチアゴ、南野なんかも使われることも増えた。
後者は、攻撃時にアクセントとなりリズムを作り出すことができる選手であり、一言ではとても言い表すことはできないのだが、いわゆるテクニック系の選手である。
勿論、彼らは、いわゆるテクニック系と言われる選手にありがちなハードワークができないというのは全く無いどころか寧ろ良くハードワークできるのだが、昨シーズンまでの中盤と比べるとやはりここぞといったところでのボール奪取力や球際のインテンシティには今ひとつ欠けてしまうところは否めない。
また、かなりハイラインのリバプールは、ファン ダイクやジョー ゴメスのようにスピードのあるCBが不可欠であった。
しかし、彼らが離脱に追いやられたため、スピードのあるCBがいなくなり、ハイラインの裏を簡単に狙われるというシーンはかなり増えている。
今シーズンのリバプールの要点
ストロングポイント
前述したように、中盤が下がってのビルドアップ補助がリバプールらしい攻撃に繋がっていなかったのだが、レスター戦やウルブズ戦、スパーズ戦、ユナイテッド戦などでは、特に、両WGが内側と外側にポジションを取り分け、ダイナミックな展開や素早いカウンターが見受けられることも多くあったので、勿論、完全に彼らのスタイルが変化したわけではなく、隙があればこのような攻撃を狙っている。
特に、相手の前がかりの攻撃やハイプレスでリバプールの前線にスペースがあると、彼らの得意なゴールのかたちを存分に発揮することができる。
ウィークポイント
引いてブロックを固め、勝ち点1でも良しとするウェストハム戦やシェフィールド戦のようなギリギリの試合や、決定機の数的に負けていてもおかしくなかったスパーズ戦なども、結局ゴールを決め、勝ち点をもぎ取る勝負強さがリバプールらしさであり、王者の風格であったのだが、シーズンが進むにつれてブライトン戦やフラム戦、WBA戦、ニューカッスル戦などのそのような試合に勝ちきれなくなってきている。
また、アーノルドの対人の弱さと、ジョー ゴメスのポジショニングの悪さにより、リバプールの右サイドの守備は大きな弱点となっており、不運もあったものの7失点と大敗を喫したアストンヴィラ戦なんかは徹底的に右サイドを狙われていた。
さらに、守備陣に負傷者が続出したことで、ラインコントロールのミスでDFラインの裏を簡単に突かれるシーンやCBが出ていってのカバーリングなど広大なスペースを網羅する守備が疎かになっている。
リバプールの選手
MVP
キャプテンシーの高さは言わずもがな、負傷者の関係でDMFやCBなど不慣れなポジションも本職かのようにこなしている。また、持ち前の展開力と足元の技術を活かし、中盤の選手がいたずらに下がってくる頻度を減らしている。
印象的な選手
ディオゴ・ジョタ
ジョタの主な武器は、プレスやプレスバックなど守備面でのハードワーク、バランス感覚に優れたスピードのあるドリブル、自分だけでなく味方も活かせるオフザボール、であり、WGとCFどちらもこなさことができる。
彼のこのような武器は、特殊な能力が求められるリバプールの前線の特徴と一致しており、リバプールが獲得に乗り出したのは当然だろう。
とはいえ、世界最高の3トップに変わってというよりかは、バックアッパーとしてターンオーバーなどでの活躍が期待されていた。
しかし、4-2-3-1を採用したり、リバプールの事情により、意外にも試合に出る機会は多く、負傷離脱するまでの公式戦19試合で17試合に出場している。
更に、印象的なのは何と言っても、12月に離脱をしたにも関わらず、リバプールでサラーに次いで9得点挙げており、貴重な決勝点もいくつも取っている。
得点面よりも他のジョタの長所を期待しての獲得であっただけに得点面での大きな貢献は、上々の出来と言えるだろう。
注目選手
リース・ウィリアムズ
長身を活かしたヘディングを武器とするユース上がりの選手で、今シーズンDF陣に怪我人が続出したことで出番が回ってきた。
中盤の選手のファビーニョやヘンダーソンよりCBとしての序列は低いものの、19歳ながらCLやスパーズ戦、FAカップのユナイテッド戦で起用されているいるので、ある程度はクロップの信頼を得ており、今後彼の元で大きく成長していく可能性を十分に秘めていると言えるだろう。
ユース時代は、正確なロングフィードや鋭いくさびのパスなどリバプールのCBらしい精度の高いパス能力が光っていたものの、トップチームでは遠慮からか近くのCBや降りてきた中盤の選手にすぐパスをつけるシーンが目立つ。
また、ゴールに背を向けてボールが受ける時など相手FWにスペースや余裕がないときは、インターセプトやタックルなど相手の前で跳ね返せる能力が高い。
しかし、サイドに釣り出されたり、DFラインの裏に走られたりして、相手にスペースなどの余裕がある状態での対人守備やハイラインのラインコントロールはあまり得意ではない印象だ。
19歳とまだ若いので、今後身体が出来上がっていったとき、リバプールのCBとして重要である少人数でも守れる能力を兼ね備えられるかがリバプールでやっていく上での鍵となる。
今後の展望
リバプールが、リトリートしてブロックを作り守る相手に非常に苦労してことから、今後はより一層、そのような戦い方を選ぶチームが増えてくる中で、CL決勝トーナメントも始まり、益々悪戦苦闘する試合が多くなるだろう。
とはいえ、今シーズンのPLは、いつもにも増して激戦であり、どのチームも実力が拮抗しているので勝ち点90点台での優勝争いにはならないはずだ。
勿論、優勝争いには参戦していくだろうし、少なくともトップ4には入っていくだろう。
クロップがシーズン途中で大幅に戦術を変更するとは思えないので、今後細かな修正をどうしていくかが見どころとなる。
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