EURO2020 10分でわかるイングランド🏴の簡単戦術 〜個の能力と配置の組み合わせ〜
イングランドの現状
スリーライオンズは、グループDを二勝一分の首位で突破しており、ラウンド16ではドイツとの対戦を控えている。
他の強豪国のスカッドと比べても、能力、知名度共に出場24カ国でも屈指のスター選手が揃っている。(チーム市場価値は出場国1位)
しかしながら、戦術という観点においてサウスゲート監督は今ひとつ工夫に欠けており、グループ首位通過にも関わらず、決勝トーナメントに勝ち上がったチームで最少得点となる2点と、攻撃に不安を抱えており、メディアやサポーターから試合内容に対して批判的な声も上がっている。
イングランドのスタイル
イングランドといえば、各ポジションに世界屈指の最高の選手を揃えるも、近年、W杯やEUROなどの大きな国際大会で思うような結果を残せていないというイメージを持つ人も多いだろうが、今大会もそのような結果で終わってしまう可能性は拭いきれない。
なぜなら、恐らく、攻撃時における戦術的な決まり事やデザインが殆どなく、状況に応じた選手個人の判断や能力で攻撃を行っているため、配置的に適材適所とは程遠いかたちとなってしまっているからである。
しかし、裏を返せば、各選手が個人の判断や技術のみでグループステージを首位通過したとも捉えることができる。
また、実際にサウスゲート監督も明言しているように守備をある程度意識した人選にしているので、何度か危ない場面はあったものの、グループステージ3試合は無失点で突破し、直近9試合でも僅か1失点と、堅守を誇る。
つまり、スリーライオンズは、守備を重視し、攻撃は前線の個人の能力に利用したチームといえる。
イングランドの戦術
システムは、基本的に4-1-2-3又は4-2-3-1を採用している。
イングランドのスタイルにおける最大の特徴は、守備を意識した後ろ重心気味の陣形と、そのためあまり戦術的なデザインせずに前線の個人の能力に頼った攻撃である。
配置
イングランドは、システム可変を行わないので、外側、内側、そして中央のエリアを整理してシステム可変によって選手を配置するチームとしての配置と、システム可変によって各選手の特性(外側で張ってプレーすることが得意な選手、内側でプレーすることが得意な選手、中央でプレーすることが得意な選手など)を活かして最適解を導き出す個人としての配置のどちらとも適切な配置になっていない。
では、何故サウスゲートは適切でない配置を採用し続けているのか?
恐らく、最大の要因は、守備時へのリスク管理であろう。攻守共に4-3-3の陣形を維持しているので、守備に切り替わったとき各エリアにしっかりと人がいてそのままの陣形で守る事ができる。(特にトランジションのところからカウンターを受けても両SB共に攻撃参加していないので、4バックがしっかり揃っている)
別の要因としては、サウスゲート自体がそこまで戦術を重視した監督ではなく、練習期間が短くて戦術を落とし込めないという可能性も考えられる。
また、高い技術を持つ選手たちを活かすために、敢えて戦術で縛りつけずにある程度自由にプレーさせているという要因も考えられる。
ビルドアップ
ビルドアップ時も、可変せずに4-1-2-3のままのかたちとなるのが基本である。
可変しないので、LWGスターリング、RWGフォーデンが高い位置で、LSBショー(トリッピアー)、RSBウォーカー(ジェームス)が低い位置で、基本的にSBとWGが縦関係となって幅を取り、IHマウントとフィリップスが内側にポジションを取るかたちとなる。
CFケインは、裏へ走ってDFを引っ張ったり、抜け出したりする動きをあまりしないので、深さを作る選手がいないのだが、ダイアゴナルな走りなどオフザボールが優れた両WGが、瞬間的にDFラインの背後へ抜け出して、一気にチャンスを作ることがある。
また、後ろからとても丁寧に繋ぐため、IH(特にマウント)が降りたり、サイドに流れたりして中継する。
ショーとマウントがいることもあって、左サイドからの攻撃を中心としている。
恐らくビルドアップがデザインされていないのと、GKを含め後方の選手の足元の技術の不安定さ、更にはロングキックに定評のあるピックフォードのことを考え、プレッシャーがかかっていない状況以外は、あまりディフェンシブサードでGKを含めたビルドアップは行わずに前へロングボールを送る事が多い。
フィニッシュワーク
フィニッシュワーク時も同様に、可変せず4-1-2-3のかたちとなるのが基本である。
配置を整理していないので、基本的には外回りの攻撃を行い、選手個人の瞬間的なポジショニングや突破、動き出しで崩す。
特に、左サイドは3人のコンビネーションからマウントやスターリングが抜け出し、深い位置のハーフスペースに入るのを得意としており、右サイドは低い位置を取るウォーカー、ライン間にポジションを取るフィリップス、幅を取るフォーデンと、一時的に上手く配置が整理されて、内側から深い位置まで入り込むのを得意としている。
そんな中、グリーリッシュとサカを起用したチェコ戦では、中盤の一枚が降りて3バックを形成し、SBショーとウォーカーが高い位置で幅を(ウォーカーは基本ポジションは低い位置のままだったが)、グリーリッシュとサカがライン間を取る3-1-5-1のようなかたちを作ることができていた。
グリーリッシュとスターリングのプレーエリアが若干被っていたことが気にはなったものの、オフザボールが非常に優れ、ライン間で上手くボールを引き出してからドリブル、パス、シュート全てを高いレベルでこなせるグリーリッシュとサカがライン間にポジショニングしたことで、外側からだけでなく、内側からも攻撃を構築することができていた。
また、ケインも降りて前の2試合よりも降りてプレーし、その分、スターリングとサカが裏を狙って深さを取ることもできていたり、フィリップスが低い位置に入ってビルドアップに絡んだりと、クロアチア戦とスコットランド戦を踏まえての修正が見られた。
イングランドは他にも、スピードのテクニックを兼ね備えた前線の破壊力のあるカウンターや、キック精度の高い出し手と高さと強さを持つ受け手がいるセットプレー、などの得点パターンを持つが、まだこのかたちを活かしきれていない。
プレッシング
プレッシングには、ミドルプレスを採用しており、相手のビルドアップの陣形に応じて守備の配置を変えるが、3トップの陣形のまま、IHが並ぶ4-1-2-3か、IHのマウントが前に出る4-2-1-3の陣形となるプレスが基本である。
ただ、どの陣形でもある程度人を意識しつつもゾーンでスペースを埋めるということは変わらない。(特に中盤は、マンツーマン気味にタイトに付いていくというよりも、完全にフリーにはさせないように牽制をしつつ、ある程度自由に持たせるような守り方をする)
また、運動量と献身性の高いフォーデンが前に出てケインと2トップ気味となるアシンメトリーな右肩上がりのプレスを行い、ボールを奪いにいくこともある。
ブロック
ブロック時は、IHフィリップスが下がる4-5-1又は、4-4-1-1の陣形を形成するのが基本である。
WGも基本的に深い位置まで下がり、ボールサイドとゴール前に人を多く配置して、エリア内を強固にした守備を行う。
また、守備時はライスとフィリップスの2センターになる場合もあるが、彼らはCBもこなせる守備力の高い選手であるので、状況に応じてどちらかが、出て行ったCBやSBのスペースをカバーするかたちで最終ラインに吸収されて5-4-1の陣形となることもある。
※トップ下起用について
グリーリッシュ起用のように明らかなトップ下を置く4-2-3-1の陣形の場合は、プレッシング時4-4-2、ブロック時4-4-1-1となる。
イングランドの弱点・課題・改善策
弱点
- チームとしての配置が不適切
4-1-2-3の陣形を形成
→ 4バックのため、後ろ重心且つサイド重心であり、SBとWGが縦関係になるので、外回りの攻撃配置となってしまっている。(中央からの攻撃の割合は24カ国で5番目に少なく、決勝トーナメントに上がったチームではチェコに次いで少ない)
- 個人としての配置が適材適所でない
外側でプレーする選手 : スターリング・フォーデン・ショー・ウォーカー
→ 幅を取ったところからドリブル突破して クロスを上げたり、カットインシュートを打ったりすることが得意なのは、スターリングのみである。(しかし、今シーズンは不調で本来の良さを発揮できず)
ショーは、器用な選手であるのでデザインがなくても自身の判断でオーバーラップとインナーラップを使い分け、外から高い精度のクロスを上げたり、エリア内深い位置まで持ち運んだりできるため、結果的にはこの役割をこなすことができている。
フォーデンも、同じく器用な選手であるのである程度この役割をこなすことができるが、幅を取ったところからドリブルで一対一もしくは一対ニを独力で打開できるほどの突破力は無いし、内側の狭いスペースでの味方との連携やライン間でボールを引き出したり、二列目から飛び出したり、サイドに流れてダイアゴナルに走り込んだりできる優れたオフザボールなどの彼の良さ活きる起用法ともいえない。
ウォーカーは、世界トップのスピードとフィジカルを兼ね備えているのでその身体能力を活かして幅を取ったところからドリブルで持ち上がることができるが、外からのクロスや足元の技術、味方との連携などは今ひとつであり、並外れた身体能力を活かしたカウンターのフィルターの役割や低い位置から迫力のあるオーバーラップなどの彼の良さが活きる起用法とはいえない。
内側でプレーする選手 : マウント・フィリップス
→ マウントは、オフザボールに優れていてライン間で上手くボールを引き出してからドリブル、パス、シュート全てを高いレベルでこなす事ができるので、最適な起用法であるが、チームとしての配置上どうしても外回りの攻撃がメインとなっているので中々ライン間に良いかたちでボールが入らず、後方まで降りたり、サイドに流れたりして、本来の良さが最大限に活かされていない。(ランパード時代なんかは、自由に動き回って、下がってビルドアップをサポートしたり、サイドで幅を取ってボールを引き出したりしており、そのようなプレーもこなす事ができるが、トュヘル就任以降の活躍を見ると、ゲームメイクをしつつもライン間で引き出したり、二列目から飛び出していったりする基本的には中央のエリアでのプレーが得意であり、状況に応じてそこからサイドに流れる役割が最適解であるように感じる)
フィリップスも、同様に器用な選手であるのである程度この役割をこなすことができるが、そもそも本来は展開力の高いアンカーが三列目から空いてるスペースへ飛び出していくプレーもできるのであって、ライン間で上手くボールを引き出してからドリブル、パス、シュートを高いレベルでこなす役割はあまり得意で無く、後方でバランスを取りつつ視野の広さを活かした展開力などの本来の良さが最大限に活かされていない。
中央でプレーする選手 : ケイン
→ ケインは、CFに必要な全ての能力を高水準で兼ね備えている素晴らしいFWであり、ターゲットマンとして深さを作る役割も、今季のようにフォルス9の役割で降りてゲームメイクする役割も世界最高レベルでこなすことができるのだが(PL史上二人目となる得点王とアシスト王のダブル受賞達成)、DFの背後のスペースに走って深さを取る役割はあまり行わない。
このように現状のイングランドは、各選手が本来の良さが活かされずに得意でない役割をすることになってしまっている。
- ロングパスやミドルパスなどで大きな展開の欠如
イングランドは、後ろからのビルドアップにおいて、ハイプレス相手以外には基本的にボールを保持することができるのだが、DFラインでの各駅停車の丁寧なパス回しが非常に多く、ロングパスやミドルパスを織り交ぜて、相手のブロックを揺さぶったり、スライドを遅れさせたりする段階的に崩すパス回しができていない。
特に、ゲームメイクの役割を担う中盤の底のポジションには、基本的に選手を一人しか配置しておらず、しかも展開力やパス精度に優れた選手ではないライスをアンカーで起用している。
そのため、相手FWラインの背後で受けてパスを捌くようなプレーは殆ど見受けられない。
実際、1試合あたりのロングパスの割合は、1位のピックフォードの7回がチームの大半であり(〔イングランドの戦術 ー ビルドアップ〕に記載したようにイングランドは基本的にGKを含めたビルドアップをせず、キックの飛距離に自信を持つピックフォードが前線へアバウトに蹴る)、2位はウォーカーで3.3回、ACライスはなんとチーム9位で1.3回と明らかに少ないことがわかる。
(また、全体を通してのボール保持率はそれほど高くないが、攻撃におけるミドルサードでのアクションは、出場国で一番高い)
- 内側(ライン間)のスペースの未活用
前述したように、後ろ重心且つサイド重心であり、SBとWGが縦関係になるので、外回りの攻撃配置となり、内側から崩すことができておらず、中々フィニッシュまでいけていない。
実際、1試合あたりのシュートの割合は、6.8本と非常に少なく、出場24カ国の中で22番目の数字であり、1番のイタリアとは3倍以上の差がある。
- 左サイドのポジションの被り
イングランドは、両WGが基本的にサイドに張りつつ、状況に応じて内側に入り、左のIHがより前目にポジションを取るようなかたちとなる。
そのため、LWGスターリングとLIHマウント or OMFグリーリッシュのポジションが若干被ってしまうこととなる。
勿論、彼らは近い距離でコンビネーションすることも得意としており、そこからチャンスが生み出されることもあるが、いるべきところに選手がおらず攻撃が停滞してしまう場合もある。
課題
- 守備時において、中盤の周りのスペースへの対応を上手くできるか
イングランドは、完全にフリーにはさせないように牽制をしつつ、ある程度自由に持たせるかたちで守備を行う。(詳細は上記の〔イングランドの戦術 ー プレッシング〕に記載)
そのため、FW、MF、DFの各ラインが若干間延びして、中盤の脇や間のスペースにポジションを取る選手へ縦パスを差し込まれてしまったり、奪いどころを決めた連動性の高い守備ができずにズルズル下がってしまったりする場面がしばしば見受けられる。
- 守備時におけるクロスへの対応を上手くできるか
イングランドは、ボールサイドとゴール前に人を多く配置し、エリア内を強固にした守備を行う(詳細は上記の〔イングランドの戦術 ー ブロック〕に記載)が、その割にはグループステージのどの試合でも、相手のクロスからピンチを迎えている。
改善策 〜個人的な見解〜
私は、イングランドに必要なことは配置を重視であると考えている。
メンバーやシステムを変えず、現在のスカッドで考えた場合、可変して3-2-4-1となるかたちが理想的である。
チームとしての配置において、3-2-4-1のかたちは、幅、ライン間、そして中央のエリアの選手配置が整理された良い陣形となっている。
また、個人としての配置において、フォーデンこそサイドで張らせる役割となってしまうが、他の選手はそれぞれが適材適所の配置となる。
メンバーやシステムを変える場合は、可変して3-1-5-1のかたちも有効であるはずだ。
チームとしての配置において、3-1-5-1のかたちは、幅、ライン間、そして中央のエリアの選手配置が整理された良い陣形となっている。
また、個人としての配置において、自身の判断でオーバーラップとインナーラップを使い分け、外から高い精度のクロスを上げたり、エリア内深い位置まで持ち運んだりできるショーと、より攻撃的で幅を取ったところからドリブルで一対一もしくは一対ニを独力で打開できるほどの突破力を兼ね備えているサンチョ or ラッシュフォードで幅を、オフザボールに優れていてライン間で上手くボールを引き出してからドリブル、パス、シュートをこなしつつ、DFラインの背後へダイアゴナルに走り込んだり、ケインが降りたスペースに飛び出したりできるフォーデン、ライン間でボールを引き出してからのドリブル突破が得意で突破力自体には今ひとつ欠けるショーを流れてサポートもできるスターリング、ビルドアップなどでバランスを取りつつ二列目から飛び出したりハーフスペースに走り込んだりしてゴール前に厚みを持たせることができるヘンダーソンでライン間を、取るような適材適所の配置を作ることができる。
ビルドアップは、ACフィリップス1枚とやや不安かもしれないが、中央のスペースを消されても、ドリブルで持ち上がるプレーが非常に得意なCBマグワイア、ウォーカーで前に運んだり、ヘンダーソンが降りてボールを捌いたりして補助することで、ボールを前進させる。
また、守備のリスク管理や戦術の落とし込みの問題、ある程度自由にプレーさせることなどを考慮して、可変しないという方法を貫くので有れば、最初のかたちからチームとしての配置が整っている5-2-3のシステムを採用するのも一つの手であろう。(サウスゲートはイングランド代表で元々5バックを採用していた)
5-2-3のシステムを採用することで、守備時は5-2-3、攻撃時は両WBがそのまま前に出て高い位置で幅を取り、両WGが内側に入ってライン間を取る3-2-4-1となる陣形を可変せずに作ることができる。
このように配置を整理するだけで、チームとしての配置が不適切、個人としての配置が適材適所でない、内側(ライン間)のスペースの未活用、左サイドのポジションの被りという弱点は全て解決することができる。
また、フィリップスに2センターでビルドアップを補助しつつ、展開する役割を与えることで、ロングパスやミドルパスなどで大きな展開の欠如の問題を解決することができる。(ブロックを揺さぶったり、スライドを遅れさせたりするようなパス回しができない場合は、守備との兼ね合いなど状況や相手に応じてであるが、展開力に乏しいライスよりも長短のパス精度に定評があり、三列目からも前に出ていけるヘンダーソンを起用しても良いはずだ)
2021/6/29
ラウンド16ドイツ戦で見えた希望
ラウンド16ドイツ戦では、システムを大幅に変更して5-2-3のシステムを採用した。
恐らくは、最適解の配置を考えての5-2-3システムの採用ではなく、ミラーのシステムにして、攻撃時5トップとなるドイツに対して数的不利にならないような狙いでのシステム変更であっただろう。
しかし、結果的に、WBショーとトリッピアーが幅を、WGスターリングとサカがライン間を取るような適材適所の配置となったので、グループステージとは打って変わって良くなり、外から内、内から外と段階的にドイツのブロックを崩すような攻撃を行って得点を奪うことができた。
得点シーンの詳細↓
https://twitter.com/sato_yu99/status/1409938200353599488?s=21
https://twitter.com/sato_yu99/status/1409940051039948803?s=21
また、守備に関してもグループステージと全く違うプレッシングスタイルとなった。
3トップは中央のスペースを消しつつ、圧力をかけるが、ミラーのため、殆どオールマンツーマンのようなかたちとなったので、必然的にアグレッシブに前から奪いに行くハイプレスとなり、ドイツのビルドアップを苦しめた。
このように、オールマンツーマン気味となると、攻守ともに個の能力で勝るイングランドに分がある展開へとなっていった。
その一方で、ドイツほどのレベルになると普段とは違うプレッシング方法だと、そう簡単にはいかず、徐々に攻略され始めてしまった。
ウォーカーのカバーリングやピックフォードのビックセーブ、相手のミスなどがあって無失点に抑えられたものの、DHの一枚(クロース or ゴレツカ)が降りて3トップに対して数的優位を作るかたち〔1枚目〕や、RWB(キミッヒ)が内側に入って2センターに対して数的優位を作るかたち、LWG(ミュラー)が中に入って2センターの間でボールを引き出すかたち、降りるWG(ミュラー、ハヴァーツ)に対して付いていったCBの裏のスペースを使うかたち、などから大きな決定機を作られてしまっていた。
そのため、今後と5-2-3のシステムを採用するのであれば、守備スタイルをどうするかがポイントとなる。
2021/7/2
EURO2020 10分でわかるイタリア🇮🇹の簡単戦術 〜伝統的な守備スタイルと現代的な攻撃スタイルの融合〜
イタリアの現状
アッズーリは、グループAを三戦全勝の無傷で首位で突破しており、ラウンド16ではオーストリアとの対戦を控えている。
他の強豪国のスカッドと比べると、選手の能力や知名度に若干見劣りを感じるかもしれないが、名将マンチーニの下で非常に洗礼された戦術を使いこなし、個人的にチーム完成度の高さは出場24カ国の中でもずば抜けていて、クラブチームレベルに落として込まれていると考えている。
実際に、ウェールズに勝利したことで、同代表記録の30試合連続無敗に並んでいる。
イタリアのスタイル
イタリアといえば、伝統的なカテナチオをベースに堅守なスタイルのイメージを持つ人も多いだろうが、マンチーニが就任以降は、ポジショナルプレーを取り入れたことで、選手の特性を活かしつつも配置が整理された非常に攻撃的なスタイルのサッカーを行っている。
しかし、決して守備が脆くなったということではなく、グループステージ3試合を含め、直近10試合連続無失点と、堅守にも定評がある。(グループステージ全試合無失点は、イングランドとイタリアのみ)
つまり、アッズーリは、伝統的な守備スタイルと、新たな攻撃スタイルの融合に成功したチームといえる。
イタリアの戦術
システムは、基本的に4-3-3を採用している。
イタリアのスタイルにおける最大の特徴は、選手を適材適所に配置した攻撃と、ボールを失っても即時奪回をする非常に早いトランジションとそれに連動したスライド守備である。
配置
イタリアは、システム可変によって、外側、内側、そして中央のエリアを整理して選手を配置するチームとしての配置と、システム可変によって各選手の特性(外側で張ってプレーすることが得意な選手、内側でプレーすることが得意な選手、中央でプレーすることが得意な選手など)を活かして最適解を導き出す個人としての配置のバランスが非常に良い。(→選手を適材適所に配置した攻撃)
チームとしての配置
- 3-2-4-1の陣形を形成
→ 外側(幅)、内側(ライン間)、中央(深さ)のどれもを取れる配置となる。
個人としての配置
- 外側でプレーする選手 : スピナッツォーラ・ベラルディ
→ 幅を取ったところからドリブル突破してクロスを上げることができたり、カットインシュートを打てたりする
- 内側でプレーする選手 : インシェーニ・バレッラ
→ オフザボールが非常に優れ、ライン間で上手くボールを引き出してからドリブル、パス、シュート全てを高いレベルでこなせる
- 中央でプレーする選手 : インモービレ
→ 裏を狙ったり、ポストしたりするプレーで深さを作りつつ、優れたシュートテクニックで当然ストライカーの仕事もこなすことができる
ビルドアップ
ビルドアップ時は、左肩上がりに可変して3-2-4-1のかたちとなるのが基本である。
左サイドは、LSBスピナッツォーラが前に出て高い位置で幅を取り、LWGインシェーニが内側に入ってライン間にポジションを取るかたちとなる。
一方で、右サイドは、RSBフロレンツィが下がって3バックの一角となり、RWGベラルディが幅を取り、RIHバレッラ少し前に出てライン間にポジションを取るかたちとなる。
(ライン間にポジションを取るインシェーニとバレッラは、割と自由に動いてボールを引き出す。)
そして、サイドのスペースに流れるプレーも得意なインモービレが、代表チームではある程度中央に構えて、ゴールゲッターとしての役割を行いつつ、DFラインの背後を狙うような走りをみせる。
また、ロカテッリが、その時の状況に応じてポジションを変えて、ビルドアップをサポートする。
例えば、3バックに対して相手が3トップで前からプレスをかける場合は、DFラインまで降りて4バックにすることで数的優位を作ったりもするし、3バックに対して相手が強くプレスに来ない場合は、少し前に出てライン間に入り、前線に厚みを持たせたりもする。
グループステージでは、常にハイプレスを続けるチームがいなかったので、ミドルサードやオフェンシブサードでのボール保持が殆どで、ディフェンシブサードでGKを含めたビルドアップはあまり見られなかったが、同様にキエッリーニがサイドに出てスピナッツォーラが高い位置を取る左肩上がりの陣形となる。
また、状況に応じて、IHが瞬間的にACジョルジーニョの脇まで降りてサポートする。
フィニッシュワーク
フィニッシュワーク時も同様に、左肩上がりに可変して3-2-4-1のかたちとなるのが基本である。
配置が整っているので、サイドとライン間を使い分けながら、外からのクロスや、内からのパスワークなど、崩す選択肢がとても多彩である。
キエッリーニとボヌッチは、CBにおける攻撃センスが抜群であり、鋭い縦パスや正確なロングフィード、ドリブルでの持ち運びなどで、後ろから組み立てるイタリアの攻撃を支えているが、それだけではなく、オフェンシブサードでは3バックの一角が前に出ていくようにチームとしてのデザインされている。
こうすることで、ボールホルダーに対して横や斜め前にポジショニングすることができ、攻撃の選択肢を増やす役割を果たしている。
(中央を閉じられていて中々ライン間にボールを差し込めなくても、3バックの一角が出て行って、角度作ることで、パスコースができるようになる。パスだけではなく、右のフロレンツィの場合は、そこから本職であるSBとしてオーバーラップしてクロスを上げたり、ベラルディのカットインをサポートしたりできるし、左のキエッリーニの場合は、より深い位置まで相手を押し込むために更にドリブルで持ち運んだりする。)
特にキエッリーニは、この役割を非常に上手くこなせているのだが、キエッリーニほどではないにしても控えのアチェルビやバストーニ、トロイが出場したときにもこの役割を行っていたので、このかたちをしっかりチームとしてデザインし、それを落とし込めていることが窺える。
ただし、イタリアの得点パターンは、これだけではない。
狭いスペースでもコンビネーションや意外性の高いパスワークや、早いトランジションからのショートカウンター、後ろからどんどん選手が追い越していくロングカウンター、一発でDFラインの背後にボールを送り込めるロングフィード、インシェーニやバレッラ、ロカテッリなどが得意とするボックス外からのミドルシュート、トーナメントにおいて重要となるセットプレーなど、多彩な得点パターンを持つのもイタリアの強みである。
このようなかたちを駆使しても中々崩さないときは、ベラルディ(キエーザ)が、逆サイドからダイアゴナルに走り込んで、ボールサイドまで流れたり、ロカテッリが高い位置まで出て行ったりして、左サイドにに人数をかけて、厚みのある攻撃も行うことがある。
何度も述べているようにイタリアは、基本的に攻撃時はチームとしての配置が3-2-4-1の陣形と決まっている。そんな中で、ある程度各ポジションの同じ役割をできる選手が揃っているので、システムや配置を変更せずに個人としての配置も最適解になることも強みの一つである。
プレッシング
プレッシングは、ハイプレスを採用しており、相手のビルドアップの陣形に応じて守備の配置を変えるが、大まかに分けると3トップの陣形のままのプレスと、IHのロカテッリかバレッラが前に出て2トップの陣形となるプレスが基本である。
ただ、どの陣形でも相手中盤の選手には若干マンツーマン気味で人を捕まえるように付いて、中央を経由させないようにするということは変わらない。
同様に中央を締めるためにWGも内側に絞って中盤脇のスペースを背中で消しながらプレスをかける。
また、DFラインは割と高く設定することで、MFラインとの距離が開いて間延びすることがないようにしている。
このように、中央のスペースを消して、ボールを外回りにさせ、サイドに追い込んでボールを奪う連動性の高い守備を行うのが非常に上手である。(グループステージ無失点の原動)
ミドルサードでもオフェンシブサードと同様に、中央のスペースを消しながら前から積極的にプレスをかける。
そして、ボールをサイドに追い込むと、全体がボールサイドにスライドし、圧縮してボールを奪う。
DFラインは、逆サイドのSBが大外を捨てて絞り、CBがスライドして、ボールサイドのSBが前に出て行くかたちで3バックを形成する。
MFが中央のスペースやパスコースを消しながらスライドし、ボールサイドのWGがプレスバックすることで、ボールホルダーを囲い込む守備を行う。
ブロック
ブロック時は、4-5-1又は4-1-4-1のブロックを形成するのが基本である。
プレッシング時同様に中央のスペースを消すので、幅をコンパクトにして守り、状況に応じてWGも深い位置まで下がって守備を行う。
また、スイス戦のように5トップになる相手に対して、トロイを投入して5バックに変更して、少し早い段階から試合を締めるような采配も行う。
しかし、同時に快速のキエーザを投入して守備を固めつつもカウンターを狙う姿勢を見せたことで、殴られ続けられずにさらに追加点を奪うことにも成功している。
イタリアの弱点・課題
弱点
※ 代表チームとは思えないくらいチーム完成度が高いこともあって、基本的に大きな弱点は見当たらないので、強いていうならという点を二つ挙げることに
- 守備時において、空いてしまうスペースへの対応
イタリアの守備は、DFラインを高く設定し、大外を捨ててボールサイドに圧縮するかたちの守備を行う。
(詳細は上記の〔イタリアの戦術 ー プレッシング〕に記載)
そのため、逆サイドの大外のスペースや、ハイラインの裏のスペースはどうしても空いてしまう。
ボールサイドへの囲い込みや展開された時のスライドが非常に早く、選手の連動性も高いので、基本的にはそのスペースを使わせないような守備ができているのだが、それでもスイス戦では5トップの大外のWBからチャンスを作られてしまった場面も見られた。(その後、5バックに修正して対処)
イタリアは、CB陣に非常に優れた選手を揃えているが、スピードがある選手は殆どいないので、ハイラインの裏の広大なスペースでの対人守備や、抜け出された時のカバーリングのスプリント力のところは、(グループステージでこのような状況は殆ど無かったが、対戦相手のレベルが上がったときにどうなるのか)多少不安である。
また、クロスに対して中には4、5枚揃っているように、オフェンシブサードではボックス内にも多くの人数かけ、CBも高い位置まで出ていくかたちの攻撃を行う。
(詳細は上記の〔イタリアの戦術 ー フィニッシュワーク〕に記載)
そのため、後ろの人数はとても少ない。
そもそも中途半端なボールの失い方はあまりしないが、ボールロストしてもプレスバックなどのネガティブトランジションが早いので、基本的にはボールをすぐに奪い返したり、攻撃を遅らせたりできるのだが、それでもトルコ戦はロングカウンターからチャンスを作られてしまった場面も見られた。(DFやGKが最後のところでしっかり対応)
- マンパワーの欠如
前述したように、他の強豪国のスカッドと比べると、選手の能力には若干見劣りを感じてしまうのが現状であり、個人の能力でブロックを打開できる選手は、ベラルディとキエーザくらいである。
ウェールズ戦のように、ある程度リトリートし、5バックのブロックを形成しつつもしっかりと連動して守られてしまうと、配置やデザインだけで崩すのは簡単ではない。
このような状況で、外からのドリブルで1、2枚剥してブロックを打開するような仕掛けがあまり見られなかったので、チャンスは作るものの、中々決定機までには至らなかった。(ベラルディは温存のため、出場していない)
課題
- トランジションが非常に早く、インテンシティの高いスタイルを保ち続けられるか
何度も記述しているようにイタリアは、トランジションが非常に早く、インテンシティの高いサッカーを行う。
(停滞する状況が多かったウェールズ戦を除く2試合の走行距離平均は約112kmであり、出場24カ国でチェコに次ぐ2番目の距離を誇る)
このハイテンションなスタイルで負傷者を出さずに勝ち進めるのか、大会後半になった時でも強度を保てるのかが課題である。
- GKを含めたビルドアップをスムーズにできるか
〔イタリアの戦術 ー ビルドアップ〕のところではあまり触れなかったが、ディフェンシブサードでのGKを含めたビルドアップはあまり行わない。
あまり後方からのビルドアップに自信がないからなのか、危険を冒さずにリスク管理をしたいからなのか、ドンナルンマまでボールが下がると、割とアバウトに前方へフィードするシーンが目立つ。
大会が進むにつれて、レベルが上がり、より前からハイプレスをかけるような相手との対戦となった時にどうなるのかが課題である。
改善策 〜個人的な見解〜
ただ、中央を消してボールを外に追い込み、全体がボールサイドにスライドし、圧縮してボールを奪う守備をすると、大外や背後のスペースが空いてしまうのを防ぐことは難しい。
また、このハイテンションなスタイルを続けられるかという疑問もある。
しかし、戦術というのは一長一短であり、裏を返せばトルコ戦、スイス戦のように、前からのハイプレスで奪って得点を取れているように非常に上手くいっているので、私はこのやり方を変える必要は無いと考えている。
その他のマンパワーの欠如や、GKを含めたビルドアップに関しては、個人の能力の問題であり、メンバーが決まっている以上、戦術で今から大幅に改善してどうにかできるものではないので、私はそこを改善するのは中々難しいのではないかと考えている。
しかし、マンパワーの欠如や、スムーズにできないGKを含めたビルドアップの問題は、チームにとって決して致命的な問題ではないので、大きな懸念材料ではないはずである。
2021/06/25
20/21 CL決勝 チェルシー vs マンチェスター・シティ 戦術マッチレビュー
※訂正 誤 RWGマウント → 正 LWGマウント
チェルシー・シティのスタイル
チェルシー、シティの基本戦術
シティの細かな戦術
両者のポイント、狙い
チェルシー
チェルシーのポイントは、2対1の状況で数的優位を作り出せるGKメンディー、CBシウバのところと、両WBチルウェル、ジェームズ、両WGマウント、ハヴァーツのところをいかに上手く利用できるかである。
チェルシーの狙いとしては、シティWGが前からくることを逆手に取って、幅を取るWBでシティSBを引き出し、降りてくるorサイドに流れるシャドーを使ってゴールに迫ることである。
https://twitter.com/sato_yu99/status/1398584877767819267?s=21
シティ
シティのポイントは、ハーフスペースにポジションを取るジンチェンコとベルナルド、深さを取るデ ブライネとフォーデンのところをいかに上手く利用できるかである。
シティの狙いとしては、WGで両サイドをピン留めしつつ、ハーフスペースにポジションを取る選手、フォルス9の動きで降りる選手、DFラインの裏を狙う選手で相手CBを混乱させて、ゴールに迫ることである。
https://twitter.com/sato_yu99/status/1398584884399022087?s=21
チェルシーの守備、シティの攻撃
チェルシーのプレッシング
チェルシーは、5-2-3の陣形を保ったままのミドルプレスを採用した。
CFヴェルナーがACギュンドアンをマンツーマン気味に見て、2センターの脇のスペースを両WGが背中で消しつつ、両CBが出て行って対応するようデザインされており、5-2-3システムの弱点となる中盤脇のスペースを前からと後ろからの両方でカバーすることができていた。
また、ボールがサイドに展開されたときは、FWとMF間のスライド、MFとDF間のスライドが連動していて、非常に良かった。
WGの縦スライドとCHの横スライドを見事に連動させ、ボールサイドのWGが戻るかたちと、ボールサイドではないWGが戻るかたちを併用し、更に、降りた選手に対してはしっかりと後ろから人を捕まえに行くような縦スライドのかたちを用いて、とても上手く対応できていた。
シティのビルドアップ
シティは、可変して3-1-2-4の陣形でのビルドアップを採用した。
この攻撃時の陣形は、選手と可変の仕方こそ違うものの、途中までとても上手く試合を進められていたPL35節と同じようなかたちであり、サイドで相手WBをピン留めし、2トップで相手3バックと駆け引き、そこで空いてくるハーフスペースにポジションを取る選手を上手く使うことを狙いとした戦術であった。
また、ハーフスペースにポジションを取る選手に相手CBが食いつくと、2トップのデ ブライネやフォーデンがその裏へ走って、背後のスペースでボールを引き出すことで、手前のスペースばかりではなく、深さも使ってビルドアップも行えていたものの、CFの選手がいないので、やはりその頻度は少なく、攻撃の厚みには欠けてしまい、"両者のポイント、狙い"のところで前述したようには機能しなかった。
チェルシーのブロック
チェルシーは、プレッシング時同様に5-2-3のまま陣形でのブロックの形成を採用した。
5バックであるが、DFラインを下げすぎずにFWラインとの縦の深さをコンパクトに保ち、中央を閉め、ボールを外回りにさせて上手くサイドに追い込み、ボールサイドに圧縮できていた。
そして、幅を取っている相手WGに対しては、対人守備が得意なWBのチルウェルとジェームズで、まずは前を向かせないようタイトに付き、前を向かれてからの一対一でも優位に立ち、全くドリブル突破を許さなかった。
シティのフィニッシュワーク
シティは、立ち位置を変えてより最適で攻撃的な布陣にしたものの、チェルシーの守備が非常に素晴らしかったこともあって、中々効果的にボールを内側に差し込むことができず、外回りでボール保持する展開になってしまっていた。
外回りの攻撃の中、両WGのスターリングとマフレズも対人で劣勢となってドリブル突破もできず、攻撃が停滞してしまっていたのだが、オフザボールも得意であるスターリングは、動き出しの面で相手WBに対して優位性を保つことができており、そこからゴールに迫ることができていた。
また、素早いトランジションやカウンターなどでチェルシーの陣形が整う前に攻撃を仕掛け何度か良いかたちを作り出すことができていた。
対策
トュヘルがシティ相手に行った守備の対策は、プレッシングの陣形の変更とそれと連動したスライドの徹底、そしてプレッシング方法の変更である。
トュヘルチェルシーは、全員が後ろから相手選手を抑えるように、FWを1枚下げ、中盤を3センターにする5-3-2の陣形でのプレッシングを基本としている。
しかし、今回の相手であるシティは、ハーフスペースを上手く使って攻撃するので、中盤がスライドしつつ、WGとCBでしっかりハーフスペースを消すことができる5-2-3のプレッシングを採用した。
この陣形のプレッシングは、FW3枚が背後のスペースを埋めるために中央に絞るので、その脇のスペースを使われがちであり、実際にPL35節でもそこを使われて失点してしまったのだが、そのことを踏まえて、FW3枚がかなりハードワークしてスライドし、時にはWGのマウントやハヴァーツ自陣深くまで戻って守備対応を行っており、シティに良いかたちでビルドアップをさせなかった。
WGのマウントやハヴァーツだけでなく、DFラインまで降りた選手に対しては、CHジョルジーニョやカンテが前に出て行って牽制し、シティのビルドアップを阻んだ。
また、普段は前からボールを奪いに行くハイプレスをベースとしているが、この試合は牽制で圧力をかける程度のミドルプレスを採用した。
これは、縦のラインをコンパクトに保ち、中央のスペースをコンパクトにして、間延びをさせないことと、シティが得意としているGKを含めたプラス1枚のビルドアップをさせないことが理由であり、どちらも上手く機能していた。
グアルディオラがチェルシー相手に行った攻撃の対策は、深さと幅を取ることができる陣形とジンチェンコの起用法である。
今シーズンのシティは、偽サイドバック戦術を用いて可変する3-2-5の陣形や、ダブル0トップ戦術を用いて守備を重視した4-2-2-2の陣形でのビルドアップを基本としている。
※通常のシティ
3-2-5の陣形は、CFで深さを取ることができるが、CFに起用されるジェズスやデ ブライネ、ベルナルドは、ポストプレーや裏へ抜け出す動きで、深さを作る役割を担うタイプの選手ではなく、WGにも中へダイアゴナルに走り込める選手がいないので、あまり効果的に深さを取ることができていなかった。(フォーデンとスターリングは、空いてるスペースへダイアゴナルに走り込んだり、後ろから飛び出す動きをすることができるが、起用法を見るとこのような使われ方をされないことも多い。)
4-2-2-2の陣形は、CFがフォルス9番の役割となるので最初から深さを取る選手がおらず、同様にWGで中へダイアゴナルに走り込める選手もいないので、全く深さを取ることができていない。
このように、深さを取らないような守備を踏まえた攻撃でもボールを保持して攻撃を繰り返すことで、個の能力の違いからリーグ戦では勝ち点を積み上げてきたのだが、ビッククラブ相手にはやはり苦戦を強いられ、中でもトュヘルチェルシーには2連敗を喫してしまっていた。
しかし、今回の相手であるチェルシーにそのような攻撃で得点を取ることは、とても難しい。
シティのスカッドに純粋なCFがアグエロしかいないということと、チェルシーが3バックであるということを踏まえて、グアルディオラは、1人が降りても1人が裏を狙って深さを取ることができる2トップを選択したのだ。
LIHのフォーデンが2トップの一角に入るので、元々中盤の選手であるジンチェンコが内側に入って、左のハーフスペースにポジションを取るようにした。(いわゆるカンセロロールをジンチェンコに行わせたかたち)
また、PL35節ではメンディーとカンセロに幅を取る役割をさせていたが、今回はより攻撃力に優れたスターリングとマフレズに幅を取る役割をさせるように変更した。
修正
チェルシーは、ヴェルナーやマウントなどかなりハードワークしていた選手を代えてたものの、プレッシング方法やスタンスは変えずに最後まで貫いた。
また、ブロックに関しても、終盤になって、守り切るために5-4-1気味で守備を固めたが、大幅に陣形を変えるはせず、最後までラインを下げないでFWとMFがスライドを徹底し、DFがギリギリのところで身体を張って守り、無失点に抑えた。
シティは、ハーフタイムで、ビルドアップのかたちを4-1-2-3のような陣形に修正した。
SBが内側に入らず、外で幅を取り、代わりにWGが内側に入って、相手両CBをピン留めし、デ ブライネが左のハーフスペースに降りるかたちを作るようになった。
右サイドは、中でプレーすることを苦手とするRWGマフレズも内側に入ることになるので、より彼が活きにくいかたちとなるが、ウォーカーが攻撃参加して外からの崩しも狙うようになった。
一方左サイドは、スターリングがアスピリクエタを引っ張り、そのスペースにデ ブライネが降りることで上手くボールを引き出せるようになったが、この試合は彼のコンディションが良くなかったのかプレー精度に少し欠けていたことと、カンテの素晴らしい守備対応によって、殆ど良いかたちを作ることができていなかった。
そんな中で、デ ブライネが負傷交代となり、FWジェズスを投入し、更にベルナルドに変わってACフェルナンジーニョを投入したことで、ギュンドアンが前に出てSTとなる左右非対称の4-2-4のような陣形に変更した。
フォルス9の動きができるジェズスと、的確なポジショニングを取ってボールを捌いたりくさびのパスを入れたりできるフェルナンジーニョの投入によって、レイオフを多用しながら中を経由してボールが回せるようになった。
しかし、中に入ったマフレズは相変わらず、あまり違いを出せておらず、また、2トップのため、WGがサイドに開くとSBと縦関係になってしまったり、ギュンドアンとジェズスの役割や使うスペースが重なってしまうというような現象も起こるようになった。
点を取らなければならないシティは、最後に動き出しでDFと駆け引きできるCFアグエロを投入して、更に攻撃的な布陣に変更した。
シティの守備、チェルシーの攻撃
シティのプレッシング
シティは、4-1-2-3の陣形でのハイプレスを採用した。
3トップが相手3バックに、2IHが相手2センターに付くマンツーマンのようなかたちで、チェルシーの得意な後ろからのビルドアップをある程度抑えることができていた。
サイドにボールが展開された時には、ボールサイドのSBが出て行き、逆サイドのSBが外を捨てて絞り、3バックとなってマンツーマンで対応していた。
チェルシーのビルドアップ
チェルシーは、シティのハイプレスに恐れず、WBが幅を取りつつある程度高さも取る3-4-3の陣形でのビルドアップを採用した。
シティの前からの守備に対して、GKメンディー、CBシウバのところと、両WBチルウェル、ジェームズ、両WGマウント、ハヴァーツのところで上手く数的優位を作って、プレスを回避するだけでなく、そこから素早い疑似カウンターに繋げることができており、"両者のポイント、狙い"のところで前述したようなかたちを上手く作り出せていた。
このビルドアップは、足元の技術が高いDFが揃うチェルシーだからこそ、行えるものであり、後方がマンツーマンでハメられている状況下で、敢えて後ろから繋ぐことで相手を引き込み、前線のマンツーマンの状況を活かすことができていた。
そして、このかたちから得点も奪うことができたのだ。
シティのブロック
シティは、オフェンシブサード、ミドルサードでは4-1-2-3の陣形でプレッシングを行なっていたが、ディフェンシブサードでは可変してオーソドックスな4-4-2のブロックの形成を採用した。
攻撃時同様にフォーデンが一列前に出て、デ ブライネと2トップを組んで牽制し、WGが状況に応じて深い位置まで下がって対応していた。
ボールがサイドに展開されると、陣形のかたちを維持しつつ、しっかりとスライドして、ボールサイドに圧縮して対応していた。
チェルシーのフィニッシュワーク
チェルシーは、ビルドアップからのロングパスや疑似カウンターなど速攻で、フィニッシュまで直結させることが多かった。
遅攻の場合、オフェンシブサードでのプレーが、普段と比べてより柔軟になり、細かな戦術的なデザインを重視するといったよりは、前線の選手が自由に動いて空いたスペースにカンテや両WBが入っていくといったように若干アドリブ的な攻撃でチャンスを作り出していた。(但し、CFヴェルナーは常に相手DFを引っ張るように裏へ抜け出していた。)
対策
グアルディオラがチェルシー相手に行った守備の対策は、マンツーマン気味の超ハイプレスとそれと連動した後ろのスライドである。
相手GKとCBにある程度余裕を持ってボールを持たせ、WGが相手SBへのパスコースを切りながらボールホルダーを牽制するような後ろに守備の人数を残したプレッシングを主流にしていたシティだが(CLでは主に4-4-2の陣形でのハイプレス)、この試合では、ゾーンでは無く、かなり前から相手に人を当てて合わせるマンツーマン気味のハイプレスを採用した。それと連動してスライドし、後ろは3バックで完全にマンツーマンで対応していた。
これは、チェルシー相手に少し下がってミドルプレスに変更したところ、ボールを支配されてかなり試合のペースを掴まれてしまい、結果2失点をして敗北を喫したPL第35節を踏まえて、前から積極的にボールを奪いに行き、試合のペースを握ることを狙いとしており、結果、自分たちがボールを支配することに成功した。
(チェルシーは、PL第35節で支配率52%だったが、この試合は支配率39%にとどまった。)
トュヘルがシティ相手に行った攻撃の対策は、後ろから繋ぐビルドアップの継続とヴェルナーのプレーエリアの変更である。
何度も言ってるようにチェルシーは、後ろから繋ぎ、ハイプレスを引き込んでの疑似カウンターを狙っているので、ハイプレス相手であろうと、終始CBからボールを繋ぎ、空いているスペースへボールを送ることができていた。
また、ヴェルナーは、CF起用でも左サイドに流れてプレーをしていたが、この試合では、主に右サイドへ流れてプレーしていた。
ヴェルナーのシーズン通してのヒートマップ(上)と、この試合のヒートマップ(下)
これは、恐らく、RSBに世界トップのスピードとフィジカルを兼ね備えるウォーカーを起用するシティに対して、左サイドだとヴェルナーのスピードが活きにくいと考えたからであろう。
結果、ヴェルナーは主に右サイドの裏へ抜け出してボールを引き出したり、相手DFを引っ張ったりして、チャンスを作り出せていた。
修正
シティは、前半半ばから後半スタートまでの間にフォーデンとデ ブライネが守備の立ち位置を変えていたものの、前からマンツーマン気味のハイプレスの守備スタイルを最後までやり通し、チェルシーに圧力をかけ続けた。
チェルシーは、カンテが、マンツーマン気味のハイプレスでかなり前からくるシティ相手に対して、自分が前に出て行って前線に厚みを持たせることで、優位性を作ろうと考えて、前半半ばから高い位置にポジションを取るようになった。
しかし、カンテが前に出ていくことで、シティの選手がマンツーマンでついて行き、結果として前線のスペースを埋めることとなってしまっており、敢えて後ろから繋ぐことで相手を引き込み、前線のマンツーマンの状況を活かすというチームの狙いを妨げるようなかたちになってしまっていた。
また、シティの選手がマンツーマンで付いていかないと、チェルシーWBに対して、シティWGで対応できるようになり、チェルシーはサイドで数的優位を作れず、ハイプレスにハマるようになってしまっていた。
そのため、トュヘルはすぐにカンテを下がってビルドアップに参加させるように修正し、その後、その采配もあって得点を奪うことができた。
最後に
攻撃も守備も、ポゼッションもカウンターもでき、日が経つにつれて、攻守のデザインや戦術のディテールが成長していったチェルシーと、守備を第一として、後ろ重心の攻撃も厭わなかったが、決勝で原点回帰して攻撃的なスタイルを取り戻したシティの欧州最高峰の一戦は、1-0という結果以上にチェルシーの完勝で幕を閉じた。
※Xgのデータ
https://twitter.com/betweentheposts/status/1398886758100701184?s=21
あくまでデータなので参考程度だが、このような数値も出ていた。
そのため、グアルディオラの采配に対して、批判的な意見も出てきているくらいだが、他のやり方はあったにせよ、現状のシティにおいて、私は、彼の采配は合理的であったと考えている。
- 2トップのシステムについて
チェルシーは3バックを用いている
→1人が降りても1人が裏を狙うなど2枚で深さを作る
- ジンチェンコの起用、起用法について
逆サイドのSBが絞って3バックになることなど守備のことを考慮すれば、守備が軽率であるカンセロやメンディーではなく、当然ジンチェンコを起用
LIHフォーデンが2トップの一角となるので、左のハーフスペースが空く
→元々中盤の選手で、リーズ戦のIH起用も非常に良かったジンチェンコがそこにポジションを取る
- スターリングの起用について
ジンチェンコが内側に入るので、左の幅はWGが取ることになる
→不調とはいえ、他の選手と比べても明らかに突破力があり、ダイアゴナルな走り込みもできるスターリングを起用
- プレッシング守備について
PL第35節のチェルシー戦で、後半から少し下がってミドルプレスに変更したところ、ボールを支配されてかなり試合のペースを掴まれてしまい、結果2失点をして敗北を喫する
→前から圧力をかけて、自分たちの時間を長くするためのハイプレス
→ハイプレスで前に人数をかけるため、後ろはマンツーマンになる
ただ、一つ疑問が残ったのは、アンカーにフェルナンジーニョやロドリではなく、ギュンドアンを起用したことだ。
恐らく、チェルシーの堅い守備に対して、アンカーの選手も出て行って、ゴール前などで攻撃に絡ませたいという攻撃的な思いからギュンドアンを起用したのであろうが、結果的に守備の面でかなり苦労することとなる。
アンカーを余らせて、それ以外のところはマンツーマンになる気味になるシティの守備では、アンカーのポジショニングや予測力、対人能力などのフィルターの役割が非常に重要である。
勿論、ギュンドアンは、昨シーズンなどアンカーで起用される試合も多々あったが、フィルターの役割というよりかはゲームメーカーの役割として起用されていた。
そのため、マンツーマン守備のリスク管理として余らせていたギュンドアンは、フィルターになることができず、チェルシーの攻撃を食い止めることができなかったのだが、このようになることは事前に予測できたはずである。
一方で、ギュンドアンは、得意なゲームメーカーの役割も上手くこなすことができていなかった。
それは、ヴェルナーが背中で抑えながらマンツーマン気味に付いていたからである。
しかし、前半終了までギュンドアンのポジションは改善されず、終始ヴェルナーに消されるかたちになってしまっていた。
そのため、前半半ば辺りから、ベルナルドやフォーデンがDFラインまで降りてビルドアップを補助するようになり、数的有利を作ることで、外から攻撃を仕掛けられるようになった一方で、余計にライン間にボールが入らなくなってしまっていた。
このとき、IHの選手ではなく、アンカーのギュンドアンを落としていれば、上手くボールを前進されることができたのかもしれない。
実際、PL第35節では、アンカーのロドリを落として4バックを形成することでチェルシーの3トップに対して優位性を作り、そのかたちから先制点を奪うことに成功している。
とはいえ、ギュンドアンのところ以外の、配置と選手起用、それに伴った戦術は、素晴らしく、理にかなった采配であった。
だが、それ以上に洗礼されたチェルシーの守備が良かったので、このような結果となってしまったのだ。
仮に、シティに足りなかったものはと考えると、ダイナミックな展開、ストライカー、そしてウインガーと、根本的な問題であろう。
今シーズンから戦術を大幅に変更したことで、CBやSBからWGへのダイナミックな展開が明らかに減少し、この試合でも全くそのようなロングパスは見受けられなかった。このようなダイナミックな展開を多用できていたら、もしかすると、チェルシーのスライド守備が間に合わなくなり、そこから崩すことができたかもしれない。
また、アグエロが不在となって、DFラインの裏へ抜け出したり、クロスに対して少ない人数でも動き出しでマークを外して点を取れるようなオフザボールと得点力に優れたストライカーがいなくなってしまった。彼が昨シーズンのような調子を維持できていたら、もしかすると、動き出しで違いを出せて、自分でゴールを奪ったり、それにDFが釣られて味方を活かすことができたかもしれない。
更に、スターリングの不調とサネの移籍によって、WGの突破力が明らかに低下してしまった。昨シーズンのようなWGであれば、もしかすると、チェルシーWBとの一対一で優位性を保てて、そこから崩すことができたかもしれない。(勿論、フォーデンは素晴らしい選手であるが、WGのポジションが最適解でないはず、トーレスやマフレズもドリブルは得意だが、サネやスターリングと比べると、圧倒的に突破力に欠けてしまう。)
詳細は、「プレミアリーグ前半戦総括(1-19節) 〜マンチェスターシティ〜」の"今シーズンからの変化"に記載
これらの考察は、あくまで想像に過ぎず、サッカーにおいてたらればを言い始めたらキリが無いのだが、シティのサッカーが、超攻撃スタイル(19/20シーズンまで)から守備重視のスタイル(20/21シーズン終盤まで)へ、そして、また新たに攻撃的なスタイルへと変化していっているのは確かである。
一方でチェルシーも、トュヘル就任以降は、5バックを採用してクリーンシート記録を樹立するなど安定した守備と、ポゼッションやカウンターを使い分ける多彩な攻撃、そして、対戦相手によって変化する細かい戦術を機能させて大きな躍進を遂げてきた。
欧州王者となり、オフとキャンプを挟んで、トュヘルがシーズン頭から指揮を取るチェルシーと、守備と攻撃のバランスを変化させている過渡期にある中で絶えずビッグネーム獲得の噂が上がるシティの2チームが、PL、更にはCLでどのようなフットボールを見せてくれるのか、早くも来シーズンに期待を膨らませながら、開幕を待つことになりそうだ。
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20/21 CL決勝 チェルシー vs マンチェスター・シティ 戦術マッチプレビュー
両者の現状
9シーズン振りのCL優勝を目指すチェルシーと、初優勝を目指すシティの一戦。
攻撃重視の両チームと思われがちだが、実はここまでお互いわずか4失点と守備が非常に安定しているチーム同士の対戦である。
今シーズン、両者は三度対戦しており、成績はチェルシーから見て2勝1敗。トュヘル就任後の2試合でどちらも勝利している。
主なスカッドに負傷者はいないが、チェルシーはメンディーとカンテ、クリステンセンが怪我明けの状態である。
両者の戦術的特徴
チェルシーの主なスタイル
ビルドアップ
チェルシーは、配置を整理して各レーンに人を置いてボールを繋ぎ、後ろから攻撃を組み立てることをとても得意している。
カンテが前目に立ち位置を取ることがあるものの、基本的には3-4-3の陣形を保ったまま、GKを含めつつ、3バックと2センターでMの型を作り、降りてくるFWを上手く使い、レイオフと斜めのボールを多用して、ダイレクトでリズム良く繋いでボールを前進させる。
このようにしてプレスを剥がし、そのまま疑似カウンターに繋げることがとても得意であり、このかたちで何度も決定機を作り出している。
後ろにはキック精度の高い選手が揃っており、前にはスピードのある選手が揃っているので、相手DFラインが高く、背後に広大なスペースがある場合は、一気に裏へボールを送ることもある。
フィニッシュワーク
前述したようにチェルシーは、ビルドアップからゴールまでを逆算できるチームであるので、速攻でフィニッシュワークまで持ち込むのが非常に得意である。
一方で、速攻に比べると遅攻は若干劣り、特に引いてしっかりとブロックを形成して守備をするチームには、ボールを保持することはできるがゴールを決めることができずに苦戦することも多い。
基本的には、WGとWBを上手く使いながら、外にボールを展開して相手のラインを広げさせてから中へ、中にボールを差し込んで相手のラインを狭めさせてから外へ、というように幅と中央を使って攻撃するのが上手である。
左と右では若干スペースを使う選手が異なるのだが、基本的に両WGは中に入って、2シャドーのようにプレーし、彼らがSB、CB間(ハーフスペース)のライン間のスペースと裏のスペースを使い分けることで、それに周りの選手が連動して相手ブロックを崩していく。
そのため、勿論、シャドーの選手の降りる動きや二列目から飛び出していく動きなどのオフザボールは重要となってくるのだが、鍵を握っているのは、決定機を幾度も外してしまい、思うように得点を取れていないので世間からの批判も多いCFヴェルナーである。
なぜなら、ヴェルナーが裏に走って相手DFを引っ張ることでDFラインとMFラインを広げることができ、それによってライン間にポジションを取るマウントやプリシッチ、ツィエフが活きてくるからである。
また、シャドーの選手にDF陣が食いついたら、そのスペースにヴェルナーが走ってボールを引き出すことができる。
確かに得点では貢献できていないヴェルナーであるが、オフザボールと守備の面では確実にチームに欠かせない役割を担っている。(今シーズンのマウントの台頭も、彼の働きによっては成し得なかっただろう。)
外に広げた時のクロスからも多く得点を取っていて、中の枚数も非常に多い。CFとWGは勿論、CHカンテと逆サイドのWBもPA内まで入るのでニア、中央、ファー、大外と厚みがあり、逆サイドのWGが絞ってバイタルエリアに入るようにデザインされている。
前述したように引いてしっかりとブロックを形成する守備されると、苦戦することも多いが、外に広げてから中へ二段回を挟み相手を釣り出す攻撃や、フィード精度の高いシウバやリュティガーから一気にDFラインの裏を狙う攻撃でチャンスを作り出すことができる。
プレッシング
チェルシーは、プレッシングのパターンを沢山持っており、大きく分けて4つある。
主に採用しているのは、マウントが中盤に下がる5-3-2の陣形でのプレスである。
2トップで相手中盤を消しながら、状況に応じてマウントかカンテが出ていくかたちで、ボールを外回りにさせてサイドに追い込むことを狙いとしている。
2トップがスライドしてボールを追うのでかなりのハードワークを必要とし、そのため彼らは途中交代することも多いが、全員が後ろから相手選手を抑えることができるのが特徴である。
5-2-1-2の陣形でのプレスは、相手のアンカーを2トップが消すのではなく、可変してトップ下に入った選手がマークに付き、逆三角形の相手の中盤に対して三角形を作って、ハメに行くかたちである。
中盤が2枚になるので中盤脇にボールを差し込まれやすく、大きな展開に対して中盤のスライドが厳しくなるが、2トップが中盤を消す必要がないので、より相手CBに圧力をかけることができるのが特徴である。
5-2-2-1の陣形でのプレスは、CFがコースを逆サイドに展開させないようにコースを限定し、WGが絞って相手中盤を消すかたちである。
相手CBに割とフリーで余裕を持って持たせることとなり、大きな展開をされると前線のスライドが厳しくなるが、スペースを消しつつ、人も捕まえられるので上手くボールを前進させないことができるのが特徴である。
5-2-3の陣形でのプレスは、WGが中に絞る攻撃時の陣形を保ったまま中央のスペースを消すかたちである。
3トップがかなり距離を狭めているので、その脇をCBに持ち上がられる恐れがあるが、その分後ろのスペースを背中で消しているので、中央をしっかり固めることができるのが特徴である。
ブロック
5-2-3の陣形のままであったり、両WGとも下がって5-4-1の陣形のブロックを作ることもあるが、基本的には、WG(マウント)が下がって5-3-2の陣形を形成する。
プレッシング時と同様に、全員が後ろから相手選手を抑え、ボールを外回りにさせてサイドに追い込むことを狙いである。
シティの主なスタイル
細かい戦術などは大幅に省略しているので詳しくはこちらへ↑
ビルドアップ
シティは、GKを含めたビルドアップ、含めないビルドアップ共に世界レベルの技術があり、これらを状況によって使い分けながらポゼッションすることで基本的にはボールを保持しながら主導権を握って試合を進めることを非常に得意としている。
ハイプレスでくる相手に対しては、相手を引き込みながら空いてるスペースにボールを移動させることにGKエデルソンを含めて全選手が長けている。
そのため、試合中にどんどん陣形を変えながら、前からくる相手に対しても恐れずに後ろから繋ぐ。
また、プレスを剥がし、そのまま疑似カウンターに繋げることがとても得意であり、エデルソンのキックから一気に速攻へと繋がることもしばしば見受けられる。
シティはグアルディオラ就任以降、選手とその役割はその時々で変化するものの、可変して3-2-5の陣形をベースとしてビルドアップを行う。
これは、各レーンにバランス良く人を並べ、三角形を作り出すことで、配置で優位性を保ちつつ、ピッチを効率よく使ってポゼッションを高めることができるグアルディオラ自身が考えたとされている5レーン理論に基づいていた陣形であり、シティは、このかたちのビルドアップから数々のチャンスを作り出してきた。
しかし、今シーズンは主力メンバーが編成されたことやある程度守備にも意識をおいたことで3バックではなく、4バックで4-3-3の陣形のままビルドアップを行うことも多く、特にトーナメントであるCLでは、ダブル0トップの4-2-2-2のかたちでビルドアップを行うこともある。
フィニッシュワーク
簡単に説明すると、4-1-5又は3-2-5の陣形で、WGが相手SBをピン留めし、IHが内側を走ってハーフスペースを突くのがシティの攻撃の狙いであるが、今シーズン(前述したように特にCLで)はこのような攻撃をしないことも多々ある。
今シーズンは4-2-2-2の陣形で、外回りにボールを回し、ボールを保持しているものの、殆ど相手に脅威を与えていないようなポゼッションも目立ち(直近だとパリ戦、ドルトムント戦)、時にはデブライネとシウバがダブル0トップのようになって、かなり後ろ重心でより丁寧にボールを回し、デ ブライネの個の能力で打開する攻撃をベースとしている。
グアルディオラ就任以降、ボール保持はしているものの、カウンターからの失点など守備の脆さから敗北することが課題であったので、アグエロの不在も少なからず影響しているだろうが、恐らく、今シーズンは圧倒的な攻撃力を武器に攻め続ける戦い方というよりは、攻撃の段階からある程度守備を意識した戦い方に変化させていったのだろう。
0トップ戦術において、降りるFWと飛び出していくWGやIHとの関係は非常に重要であり、フォーデンのこのようなダイアゴナルの動きから裏を取ってチャンスを作る。
勿論、外回りのポゼッションでも、ポゼッションに長けた選手が揃うシティは上手く攻撃を組み立てることができるし、ショートカウンターやロングカウンター、セットプレーなどから得点を奪うこともできる。
プレッシング
シティのプレッシングのパターンは大きく分けて2つである。
主に採用されているのは、1トップのデ ブライネが降りて、IHシウバと相手の中盤を抑える4-2-2-2の陣形でのプレスである。
WGが相手SBへのパスコースを切りながらボールホルダーに圧力をかけて、ボールを内回りにさせることを狙いとしている。
相手GKとCBはある程度余裕を持ってボールを持つことができるが、シティはリスク管理として後ろに6枚の選手を残しているので、カウンターなどから一気にピンチとなることを防ぐことができるのが特徴である。
比較的CLで採用されているのは、IHシウバを一列前に出して4-4-2の陣形でのプレスである。
2トップが相手中盤を背中で消しながら前から圧力をかけ、後ろがそれに連動して圧力をかけるかたちで、ボールを外回りにさせてサイドに追い込むことを狙いとしている。
ボールがサイドに渡ると、逆サイドのWGはかなり内側まで絞って全体の陣形を狭めながらボールサイドに圧縮して圧力をかけることができるのが特徴である。
ブロック
基本的には、運動量のあるシウバが前に出て行ったところからしっかり元の配置に戻り、4-5-1または4-1-4-1の陣形のブロックを形成する。
献身性の高い両WGは、状況に応じて、かなり深い位置までプレスバックして守備に貢献する。
FAカップ準決勝 戦術レビュー
カップ戦ということもあってチェルシー、シティ共に多少のメンバーは落としたものの、大幅な変更は無く、チェルシーは5-2-3、シティは4-2-3-1のシステムで望んだ。
チェルシーの狙いは、相手SBを引き出して、普段は中でプレーするシャドーのマウントとツィエフがサイドに流れてその裏にボールを送ることである。
シティの狙いの狙いは、左に流れるCFジェズスとRWGトーレスで相手両CBが出ていけないようにピン留めし、手前の中盤脇のスペース(ハーフスペース)にポジションを取るスターリングとデ ブライネにボールを送ることである。
シティのプレッシング、チェルシーのビルドアップ
シティのプレッシングは、4-2-3-1の陣形のまま、3バックに3トップ、WBにSBを当てて、その裏をロドリがかなりサイドまで流れてカバーするかたちである。
この時、デ ブライネが相手中盤2人を見なければならず、ジョルジーニョとカンテに割と余裕を持ってプレーさせてしまっており、そこを起点にプレッシングを回避されてしまっていた。
そこで、ロドリが気にしながら主にカンテの方へ出ていくようになる。
しかし、SB裏をカバーする選手がおらず、プレスを剥がされてしまうとシャドーの選手や三列目から飛び出すカンテがフリーとなってしまい、失点もフリーとなったマウントからパスを通されて崩されてしまった。
シティのブロック、チェルシーのフィニッシュワーク
ブロック時も同様にデ ブライネが2人を見るかたちでそこから回避されてしまっていた。
また、4バックに対して、チェルシーは5トップのようなかたちを取るので、数的優位を作られてしまい、ピンチを招くこともあった。
チェルシーのプレッシング、シティのビルドアップ
可変してマウントが下がる5-1-2-2のような陣形で、相手中盤2枚をマウントとカンテで抑えるかたちである。
両CBがピン留めされており、ジョルジーニョが出ていける距離でもないので、ハーフスペースを上手く使われてしまっていた。
そこで、ツィエフを下げて、マウントとツィエフが相手中盤2枚を見るかたちに修正し、中盤をカンテとジョルジーニョ2枚にして対応した。
チェルシーのブロック、シティのフィニッシュワーク
シティに中央で深さを取る選手がいなかったので、シウバがスライドして対応して、両CBが出ていけるようにしたり、ツィエフかヴェルナーが下がって5-4-1のようなブロックを作ってスペースを消すことでシティの攻撃を封じた。
PL第35節 戦術レビュー
シティはリーグ優勝がほぼ確実な状況ということもあって出突っ張りだったメンバーを休ませ、大幅にスカッドを変更して5-1-2-2のようなシステムで望んだ一方で、チェルシーも多少主力メンバーを落としたが、殆どベストなスカッドでいつも通りの5-2-3のシステムで望んだ。
この一戦は、序盤からお互いかなり前からハイプレスを仕掛けたので、ビルドアップとプレッシングがとても重要になり、結果的にそこが明暗を分けることなった。
KO〜25min シティは、ビルドアップではチェルシー中盤の脇とDFラインの裏を使い分け、プレッシングでは前線4枚のスライド守備とDF陣のマンツーマン守備を機能させる
この試合のチェルシーのプレッシングは、ゾーンで守りつつもかなり人を意識した守備を行っていた。
基本的に、オフェンシブサードでは3バックに対しては3トップを、WBに対してはWBを当てて抑え、ACロドリをCHギルモアが出て行って抑えるかたちを採用し、ミドルサードでは両WGが中盤脇(ハーフスペース)を背中で消しながら圧力をかけるかたちを採用。
このプレッシングに対してシティは、ディフェンシブサードだとGKを含めて4バックでのビルドアップ、ミドルサードだと3バックでのビルドアップと、システムこそ違うものの、従来通りのかたちを採用。中盤のギルモアが出て行ったスペースをトーレスに降りる。エデルソンであれば勿論、そこは正確に蹴ることは容易であるので、チェルシーのプレスを回避。
降りるトーレスに対して、今度は彼をフリーにさせないようにLCBリュディガーが付いて行って対応。すると、ジェズスがリュディガーのところのスペースへダイアゴナルに走る。ディアスも正確なフィードを蹴ることができるので、チェルシーのプレスを回避するだけでなく、擬似カウンターのようにして一気にチャンスとなる。
中盤のカンテの脇にスターリングが降りてボールを引き出し、チェルシーのプレスを回避。
チェルシーはボールサイドに圧縮する守備をするため中盤の2枚はスライドするのだが、その脇にスターリングが降りてボールを引き出し、チェルシーのプレスを回避するだけでなく、元々WGの選手であるトーレスやスターリングはそこから前を向いてドリブルで持ち運び、チャンスを作ることができる。
ロドリに対してのギルモアのプレスが少し遅れたため、前を向く余裕が生まれる。そのタイミングでスターリングが相手中盤脇まで降りてボールを引き出す。
カンテが遅れてスターリングにプレッシャーをかけるが、今度はジェズスが相手中盤の間に降りてボールを引き出す。
相手が出て行ったスペースに降りて斜めのボールを通すことでパス2本で相手のFWラインとMFラインを突破。
(チェルシーとしては、アグエロがDFラインと駆け引きしているので、降りるジェズスについていくと後ろの枚数が足りなくなってしまい、またジェズスが不規則に裏を狙ったり、はたまた中盤まで降りたりするので、チェルシーCBがジェズスに付いていくことは難しい。)
アグエロが降りてボールを引き出し、前向きのスターリングにポストするレイオフのかたち。スターリングのようにドリブルが得意なWGの選手を中でプレーさせることで、シティは中央からの突破も狙えていた。
2トップのシティは一人が降りると、もう一人がDFラインの裏を狙うようにデザインされており、この場合はアグエロが降りたことでジェズスが裏へプルアウェイの動きをする。この動きで相手CBを引っ張ることができ、スターリングにドリブルするスペースを作る。
相手中盤の脇でボールを引き出して前を向いたスターリングに対して、同様に今度はアグエロが裏へ走ってドリブルスペースを作っている。
チェルシーは、ギルモアが出て行って中盤がカンテ1枚となるかたちをシティに利用されてしまい、そこにトーレスとスターリングが降りることで1対2の状況を作られることで、プレスは中々機能せず、簡単に回避されてしまっていた。
この時、チェルシーCB陣としては、シティの前線のジェズスとアグエロが駆け引きをしていてピン留めされるようなかたちになっていたので、トーレスやスターリングに付いていくことが困難であった。
そんな中で、左のリュディガーの方が自由を与えないようにトーレスに付いて行き、中盤は実質2対2の状況を作り出すことができたが、LCBリュディガーが釣り出されることで後ろの枚数を数的同数となってしまい、そのスペースにジェズスやアグエロがダイアゴナルに走り込んだり、フォルス9の動きで降りたりすることで、DF陣は混乱し、全てのサードにおいて完全にシティにペースを掴まれてしまっていた。
一方で、シティのプレッシングは、今シーズンPLで行っていた外切りで圧力をかけつつ、後ろの人数をある程度担保する守備ではなく、相手中盤を見つつ前からどんどん圧力をかけ、DF陣は人を決めてマンツーマンのため、後ろに選手を残さずに数的同数で守備を行っていた。
基本的には、一列目のCFアグエロが大きな展開をさせないように中央を切り、二列目の3枚がスライドしてボールサイド側の選手がボールホルダーに圧力をかけ、残りの2枚が絞って相手中盤を消すボールサイドに圧縮するかたちを採用。CFアグエロがサイドを変えさせないようにコースを切り、STジェズスがCHギルモア、LWGスターリングがCHカンテと相手中盤を抑え、RWGトーレスがボールホルダーにプレッシャーをかける。逆サイドでもCFアグエロの役割は同じ。二列目は右にスライドしてSTジェズスがCHカンテ、RWGトーレスがCHギルモアと相手中盤を抑え、LWGスターリングがボールホルダーにプレッシャーをかける。
チェルシーは、GKを含めつつ、3バックと2センターでMの型を作り、降りてくるFWを上手く使いながらレイオフと斜めのボールを多用してダイレクトでリズム良く繋ぐ従来通りのビルドアップのかたちを採用。チェルシーのビルドアップを封じ込めた、シティのスライド守備。
降りてボールを引き出すプリシッチに対してもマンマークのLCBアケが深い位置まで付いて行って前を向かせないような対応。
シティは、チェルシーのディフェンシブサードでのビルドアップを封じ込めることで、自陣から上手くボールを前進させることを防ぐことができていた。また、ミドルサードでボールを持たれると数的同数での守備に対して、スピードのあるヴェルナーが中央から左へダイアゴナルに走ることで、幾つかチャンスを作り出されてしまっていたが、DF陣がラインコントロールなどで冷静な対応を取り、ゴールに迫るような決定機は作らせなかった。(相手のCFがスピードはあるものの、オフザボールにやや難のあるヴェルナーであったので、オフサイドも多かった)
シティは、前線の中盤を経由させずにボールサイドに圧縮する早いスライド守備と、後方のマンマーク守備を併用することで、トュヘル就任以降ハイプレスの回避を非常に得意としているチェルシーのビルドアップを封じ込め、ミドルサードやオフェンシブサードまで殆ど良いかたちでボールを前進させなかった。
25〜30min シティの試合の入り方に対してトュヘルはプレッシングとビルドアップの方法を修正
プレスが全くハマっていなかったチェルシーは、3バックに対して3トップを当ててCHギルモアを出してACロドリを見させるかたちをやめて、CFヴェルナーがACロドリを背中で消すように修正した。
ヴェルナーを少し下げてロドリを消す役割にしたことで、中盤に2枚がしっかり残るかたちとなり、中盤脇を取るトーレスにLCBリュディガーがマンマークで付き、スターリングには守備範囲の広いCHカンテが見れるようになった。
このトュヘルの修正でそれまでよりも前からボールを奪いにいく圧力は軽減してしまい、チェルシーはオフェンシブサードだと簡単に前進されるようになってしまったものの、ミドルサードである程度構えてそこからは簡単に運ばせないようにできていた。
また、プレッシングの修正ほど機能していたわけではないが、ビルドアップもCH2枚がしっかり中央で構えるように修正した。
シティのボールサイドに圧縮するプレッシングに対して、チェルシーは敢えてしっかりとマークに付かれている中盤を経由することで相手WGを中央に釣り出して、逆サイドに展開することで逆サイドのCBがフリーのままドリブルで持ち上がるかたちを狙うようになった。(マンマークで付かれていてもダイレクトプレーでなら展開可能である)プレッシングの修正ほど機能していないと記述したのは、マークに付かれている中央を経由してのてんかいはかなりリスクが高く、奪われるシーンもあったからである。
LCBからCHのカンテを経由してRCBに展開し、フリーとなったRCBアスピリクエタがドリブルで持ち運んでプレスを回避。
30〜HT トュヘルの守備の修正に対してグアルディオラはCBをワイドに開かせるビルドアップに修正
ヴェルナーを少し下げて中盤に2枚が残るかたちのトュヘルの守備の修正に対して、グアルディオラはすぐに、特にLCBのアケをワイドに開くように修正した。また、それによってボールが回らなくならないように状況に応じてロドリを下ろす4バックのかたちも併用するようになった。ディアス、ラポルテ、アケの3バックだが、アケがLSBのようなポジションを取るビルドアップ。ロドリがCBのポジションまで降りて、ディアスがRSB、アケがLSBのポジションを取るビルドアップ。
シティのこのビルドアップは、守備時のRWGプリシッチの立ち位置を難しくすることを意図した修正である。
最初この修正に対してプリシッチは、引き続き自分のマークであるアケを見るようにしていた。しかし、そうすると背中で消していた中盤脇が空いてしまうことになる。当然、シティのCB陣は、激しいプレスがかからない中だと、狭いところでもパスをつけることは容易であり、ハーフスペースにポジションを取るスターリングに再びボールが入るようになってしまっていた。ロドリが降りて4バックを形成。プリシッチは外に開いているアケを見ている。
35〜 チェルシーはWGの立ち位置を修正
そこでプリシッチは、ある程度絞ってアケのマークよりも中央の中盤脇のスペース(ハーフスペース)を埋めることを優先する。ヴェルナーが引き続きロドリを消し、両WGが絞って中盤脇のスペースを背中で消すかたち。
しかし、ACロドリがDFラインまで降りると、WGが内側に絞っているのでヴェルナーを補助することができずに彼が孤立して単独でプレスに行くことになってしまい、後ろでボールを自由に回されてしまっていた。シティは3バックからロドリが降りてアケとディアスがSBの位置にポジションを取る4バックのかたち。
更に、内側から遅れて守備に行くWGに対して、シティのワイドに開いた両CBはドリブルで持ち運ぶプレーにも長けているので、そこから起点を作られてしまうようになった。内側から遅れて戻るRWGプリシッチに対して、LCBアケはスペースにドリブルで持ち運ぶ。
また、ロドリが降りないとヴェルナーもプレスに行けないので、CBラポルテにかなり余裕をもってボールを保持されてしまうことになる。
そして、ディアスからボールを持ち運ばれ、スタートから狙われていたトーレスにマンマークのリュディガーの背後のスペースを使われてしまい、ゴールを奪われてしまった。遅れてプレスをかけるLWGツィエフに対して、ドリブルで持ち運べて尚且つ正確なパスを送れるRCBディアスがスペースにドリブルで持ち運び、トーレスにマンマークのリュディガーの裏のスペースにダイアゴナルに走り込むジェズスへパスを送る。
一方で引き続きシティは、前からのプレッシングが機能しており、上手くボールを前進させていなかったが、チェルシーが前半半ば辺りに修正した敢えて中盤を経由するビルドアップに徐々に慣れてきたことで、時折プレスを回避されるようになってしまった。ジェズスがカンテを、スターリングがギルモアにマンマークで付いており、トーレスがボールホルダーのリュディガーへ、更にはパスコースの先のギルモアのところまで追い、囲い込むも、ダイレクトで展開されることで逃げられてしまっている。
また、後ろはマンマークであり、数的同数で守備をしているので、時折1枚剥がされてピンチなる場面もあったが、序盤から同様にゴールに迫る決定機は殆ど作らせなかった。
前半から、両監督共に細かい修正を繰り返すとてもハイレベルな試合であったが、それでも自分たちのペースで試合が進め、狙い通りのかたちから得点を奪うことができており、攻守ともにかなりシティ優勢の展開であったので、欲を言えばもう何点か取ることができていればと内容であった。(チェルシーからすれば一失点に抑えられたという感じ)
45〜70min チェルシーも守備のやり方を変更、少し下がったシティに対してビルドアップも上手くできるようになる
後半スタートからトュヘルは、ボールサイドのCBが相手WGをマンマークで対応し、逆サイドのCBとWBが中にスライドして4バックを形成するかたちに修正した。LWGスターリングに対しRCBのアスピリクエタがマンマーク気味に付いて行くかたち。
同様にGKからのビルドアップでカンテの脇や背後に顔を出すスターリングに対して深い位置までアスピリクエタが付いていって対応する。
しかし、前半のリュティガーのように相手WGに対して完全なマンマークではないので、状況によってはリュティガーやアスピリクエタが付いていかず、ギルモアやカンテ見る場面も増えた。
これによって、両WGのツィエフとプリシッチは、かなり内側に絞って完全に背中でハーフスペースを消す必要はなくなり、それでも多少は背中でケアはするものの、ワイドに開いたCBにもスプリントで牽制できる立ち位置を取れるようになった。
このように、CBがマンマークとスライド守備を併用して若干ボールサイドに圧縮するようにしたことで、シティに中央脇のスペースを消し、両サイドのCB(特にアケのところ)からの持ち運びも阻止できるようになった。
その分、中央のラポルテやロドリのところへのチェックが甘くなり、より裏へボールを蹴られるようになったが、前半に負傷離脱したクリステンセンに代わってズマが入ったことで、リュティガーと共に抜群のスプリント力で何とかカバーできていた。
シティに裏を突かれ、大きな決定機となる場面作られるも、ズマが持ち前の身体能力で二度も阻止。
一方でシティは、若干下がって、ミドルプレスの中心のプレッシング方法を変更した。(勿論ハイプレスも行うが)
少し引いたのは、恐らく、先制点を奪ってリードして後半に入れた事、体力的にフルタイム持たない可能性がある事、前半半ば辺りで修正したビルドアップにチェルシーが徐々に慣れて前半終盤にはプレスを時折回避されるようになってしまっていた事などの理由があったからであろうが、ミドルサードでボールを回されることでそこから徐々に試合のペースをチェルシーに掴まれるようになってしまった。
なぜなら、相手に余裕が出ないオフェンシブサードではどんどん前から圧力をかけるプレッシングが上手く機能していたのだが、ミドルサードだとチェルシーの選手にある程度余裕が生まれ、リスクのあるプレーもできるようになったことで余計にプレスを回避されてしまうようになったからである。
更に、グアルディオラの指示なのかどうかは定かでは無いが、前線4枚(特にジェズスとトーレスのところ)が頻繁にポジションチェンジして入れ替わるようになったことで、連動に遅れが生じ、前からのプレッシングに行ったときも回避されるようになってしまった。
右サイドは、前半同様に、再三ヴェルナーに狙われていた背後のスペースからボールを前進させられ、何度か決定機も作られせてしまった。また、ミドルサードでボールを回すことで、チェルシーはよりヴェルナーのスプリントが活かせるようになり、CBから一気に最終ラインの裏へのボールも蹴られるようになってしまった。
ただ、左サイドは、もっと厳しい状況であった。トュヘルは、DF陣のマンツーマンでの守備を逆に利用して、守備が弱いメンディーのところからジェームズがどんどん仕掛けるように修正し、そこから攻め込まれ、決定機を作られるようになってしまった。
また、ミドルサードでボールを回すことで、チェルシーは中盤のカンテが前に出ていけるようになり、右サイド同様にWGに対して、付いていくCBアケの裏のスペースをカンテが使うというかたちで崩されるようになってしまった。縦パスに対してプリシッチとジェームズでレイオフを使い、釣り出したアケの裏のスペースにカンテが三列目から飛び出す。
このように左サイドでかなり崩されるようになったことでシティの前線の守備にも変化が起こる。
チェルシーの中盤を経由するビルドアップに左のスターリングがRCBアスピリクエタを気にして、中央の選手を捕まえに行けなくなってしまったのだ。前半機能していたプレス、スターリングが絞って相手中盤をしっかりと捕まえている。本来の決まり事であればスターリングが相手中盤(ギルモア)を捕まえに絞らなければならないのだが、RCBアスピリクエタまで展開されてそこから持ち運ばれることを危惧してギルモアに付いて行かず。結果、アスピリクエタまで展開されることは防いだものの、ギルモアが前を向いてフリーで受けれるかたちとなってしまい、プレスが噛み合わなくなってしまった。
結果、チェルシーのペースで試合が進み、同点弾を奪われてしまった。
スターリングがボールを受けに降りると、それに対してアスピリクエタがマンツーマンで付いていき、距離を狭めたところでアスピリクエタがそのままで出て行って、プレスバックしたツィエフとサンドしてボールを奪う。アスピリクエタは更にゴール前まで出て行く。中央を使って、シティの陣形を中に絞らせてから、外のアスピリクエタを再び使って、クロス。クロスに対してチェルシーの決まり事であって、この試合も何度も狙っていた、WBが大外で、CFヴェルナーが相手DF引っ張り、逆サイドのWGが外からバイタルエリアに入るかたちで見事にゴールを奪う。シティDFは、揺さぶられて目線を変えられた上で、ヴェルナーとプリシッチの動きに釣られてしまった。
その後も二回ゴールネットは揺らされたが、オフサイドで助かり、完全な決定機も幾つか作らせてしまっていて、前半とは打って変わってシティがいつ失点してもおかしくない状況が続いた。
70〜90min 流れが悪かったシティは選手を交代して再びハイプレスをかけるように修正
少し下がり気味となり、チェルシーペースで試合が進んでいたので、グアルディオラはフォーデンとギュンドアンを投入して、再びオフェンシブサードから前線4枚のスライド守備とDF陣のマンツーマン守備をするように修正し、ジェームズに圧倒されていたメンディーを下げてジンチェンコを投入した。
この修正によって再び勢いを取り戻し、プレスがハマるようになったシティであったが、チェルシーが良くなったこともあって、前半ほど上手くボールを回収することはできなかった。ギュンドアンがジェズスがやっていたポジションに入り、ジェズスが一列前に出てアグエロがやっていたポジションに入るかたち。
ブロックを組んでいる状態でもチェルシーがボールを後ろに下げると、スターリングのスプリントを起点に一気に前に出て行ってボールを奪いにいく姿勢を取り戻した。
右から左に展開するチェルシーに対して、シティは後半からの課題であったチェルシーの中盤を経由するビルドアップに対してスターリングがRCBアスピリクエタを気にして、中央の選手を捕まえに行けなくなってしまっていたのを解決できず。
ここでは、流れの中でスターリングとギュンドアンのポジションが変わっていたこともあったが、二列目が上手くスライドできず、RWGフォーデンが深追いしてしまった。(このシーンの直後グアルディオラは、プレッシング方法を戻すために選手交代を行ったが、上手くいっていないのでジェスチャーを交えて激しく怒っていた。)
攻撃は、スターリングとジェズスで2トップのようになり、フォーデンとギュンドアンで中盤脇のスペースを使う引き続きそのままのかたち。
一方で、チェルシーは、再びシティのプレスに苦戦するようになったが、前半よりも慣れたこともあって中盤を経由して上手く回避できるシーンも増えた。また、素晴らしい働きを見せていたカンテをコンディション調整も含めてジョルジーニョと交代し、ツィエフに変えてよりスピードのあるハドソン オドイを投入した。ギルモアがカンテの役割を引き継ぎ、前に出て行くことでプレスを剥がした。GKを含めて展開したことに対して、シティのプレスはスライドが間に合わず。そのため、フリーで受けたリュディガーが相手陣内深くまでドリブルで持ち運ぶ。
そして、ATに、クロスに強いWBアロンソが大外から中に入ってきてゴールを奪い、チェルシーの勝利となった。ハドソン オドイのマンマークのはずのアケが対応に少し遅れ、前を向かれてしまい、スピードに乗ってドリブルをさせてしまった。再三、裏へ走り、相手DFを引っ張っていたヴェルナーにパスが出て、彼のクロスからアロンソが得点を決めた。
決勝点の2分ほど前のシーンで、ハドソン オドイかプリシッチの時はあまり見られなかったボールをライン間で引き出し、レイオフを使ってジョルジーニョへ落とし、裏へ走ってスペースでボールを受ける動きでアケを出し抜いてたので、失点シーンの時にアケはハドソン オドイに対して遅れるかたちとなった。
両者の狙い、ポイント
世界屈指の戦術家であるトュヘルとグアルディオラが率いているチェルシーとシティは、共に沢山のバリエーションを持っているので、メンバーやシステムを予測するのがかなり難しいところではあるが、個人的には、恐らく2パターンのどちらかになるか、PL35節のような予想がつかないパターンか、になると考えている。
配置を考慮すると恐らく、パターン1が有力なのではないかと私は考えている。
※選択肢
シティ
- システムが4-1-2-3可変の4-2-2-2か、オーソドックスな4-1-2-3か?、それに連動してトップはデブライネか、ジェズスか?、それに連動してIHはギュンドアンか、デブライネか?、また4-1-2-3である場合、IHの組み合わせはデブライネ、シウバか、ギュンドアン、デブライネか?
- ACがフェルナンジーニョか、ロドリか?
- LSBがジンチェンコか、カンセロか?
※理由
- 序列で考えると若干プリシッチの方が上であり、カウンターの時のスピードや推進力、ブロックを作った相手にもドリブルや裏抜けで勝負できるということなどからプリシッチを起用するか。
- 怪我明けのクリステンセンのことを考えると、RCBにアスピリクエタ、RWBにジェームズを起用するか。
シティ
- かなり難しいところであるが、最近のグアルディオラの采配を考えると決勝戦ということもあって恐らくは、守備的に入る可能性が高いので、4-1-2-3可変の4-2-2-2でダブル0トップにするだろう。そのため、トップはデブライネとなり、IHにギュンドアンとシウバを起用するか。
- これもかなり難しいところではあるが、ベテランでチームをまとめることができるフェルナンジーニョと最近若干調子を落としているロドリを比較するとACにフェルナンジーニョを起用するか。
- ジンチェンコとカンセロの二人の間で守備を比較すると、ポジショニングのジンチェンコ、身体能力のカンセロという感じあり、ミスの少なさからジンチェンコが優勢か。また、SBも内側に絞らずに幅を取る可能性が高いので、そういった意味でも左利きのジンチェンコを起用か。
チェルシー
シティが1トップor2トップでプレスにくる場合、展開して持ち運ぶことのできる両サイドのCBが揃っているので、そこのドリブルがポイントとなる。
展開して、シティのスライドが遅れたところから彼らがボールを持ち運ぶことで、3対2の状況もしくは2対1の数的有利な状況を作っていきたい。
左サイドの攻撃は、RSBウォーカーをどのように釣り出すかがポイントなる。
左に流れて裏に抜けるのが得意なヴェルナーは、勿論、世界でもトップクラスのスピードを兼ね備えているが、対するウォーカーは世界トップと言っても過言ではないスピードと、フィジカルを持っているので、シンプルに真っ向勝負となると、ヴェルナーといえどもやや部が悪くなってしまう。
そのため、FAカップ準決勝の時のようにマウントがサイドに流れるなどしてウォーカーを釣り出し、相手CBとヴェルナーのスピード勝負に持ち込みたい。
一方、右サイドの攻撃は、やはりカンテの飛び出しがポイントとなる。
無尽蔵に走り回ってマークに捕まらない彼が三列目からの飛び出しを上手く使っていきたい。
また、PL第35節の時のメンディーほどではないが、ジンチェンコとジェームズのマッチアップとなってもやはり分があるのは対人に優れたジェームズとなるので、そこの1対1もポイントとなる。
チェルシーは、シティの布陣に対して、色々変化はさせるだろうが、恐らく5-3-2の陣形でプレッシングとブロックをするであろう。
中盤脇のスペース(ハーフスペース)を狙いにくるシティに対しては、両サイドのCBが出て行って前向きで対応して、消すことができる。
シティ
FAカップ準決勝とPL第35節の二試合を考慮するとシティとしては、両SBが高い位置で幅を取り、内側に入った両WGが裏を狙いいつつ、相手の両CBをピン留めし、ハーフスペースをデブライネとシウバで使うかたちの攻撃が理想的だろう。
しかし、今シーズンのグアルディオラのことを考えると、守備でのリスクを冒さないであろうから、この可変は採用しないだろう。
そうなると、チェルシー同様に展開して持ち運ぶことができるCBとSBが揃っているので、そこのドリブルがポイントと、SBの攻撃参加がポイントなる。
展開して、シティのスライドが遅れたところから彼らがボールを持ち運ぶ若しくはSBの攻撃参加で、3対2の状況もしくは2対1の数的有利な状況を作っていきたい。(特にウォーカーは、後ろから全速力で上がってきてオーバーラップやインナーラップをするのが得意)
3バックと2センターでビルドアップをするチェルシーに対して、2トップでプレスをかける場合、中盤2枚を背中で抑えながらボールホルダーにプレッシャーをかけるのはかなり難しいので、恐らく、2トップで中盤を抑えながらボールホルダーに対しては牽制程度のプレスか、2トップでボールホルダーに圧力をかけて、後ろが連動するかのどちらかを取らなければならない。
降りてくるFWを上手く使い、レイオフと斜めのボールを多用しながら、ダイレクトでリズム良く繋いでボールを前進させて、プレスを剥がし、そのまま疑似カウンターに繋げることがとても得意であるチェルシー相手に、前からハイプレスで圧力をかけるのは、賢明な判断とは思えないので、前者の方が得策であろうが、前からハイプレスをかけることをベースとしているシティが果たしてどのようなプレッシングをするのかがポイントとなる。
5/27
20/21 EL決勝 マンチェスター・ユナイテッド vs ビジャレアル 簡易的戦術プレビュー
両者の現状
EL決勝戦に対して
リーグ2位フィニッシュのユナイテッドは、CL権を獲得できてはいるものの、3年目に突入するスールシャール政権でまだ無冠であるので、クラブの格を考えるとそろそろタイトルを取りたいところだ。
一方で、リーグ7位フィニッシュのビジャレアルはEL権すら獲得できておらず、ヨーロッパのコンペティションに出場するためにはここで勝利するしかないという状況となっている。(カンファレンスリーグは除く)
スカッド状況
ユナイテッドは、キャプテンのLCBマグワイアの出場はかなり厳しそうであるので、CBは恐らくバイリーかトュアンゼベ、もしくは両方を起用する可能性が高い。
また、DHフレッジとDHマクトミネイも、怪我自体は回復しているであろうが、コンディション面を考慮すると出場するかは微妙である。
一方でビジャレアルは、RSHチュクウェゼとRSBフォイスが、フレッジとマクトミネイ同様にコンディション面から出場するか微妙である。(チュクウェゼは若干難しそうという情報も。)
両者の配置と戦術
ビジャレアルの守備
プレッシングは、オーソドックスな4-4-2の陣形のままのミドルプレスを基本としており、2トップは背中で相手の中盤を抑え、ボールホルダーに対しては牽制程度で激しくプレスをかけないスタイルを採用している。
縦幅をコンパクトにしてはいるものの、横幅は広いのがビジャレアルの陣形の特徴であり、そのためライン間にボールを入れられることもあるが、ボールが入るとボールホルダーに自由を与えないよう圧縮するような守備を行う。
また、ただ牽制するだけでなく、奪いどころをしっかりと定めており、相手がボールを下げると、ラインを上げて、オフェンシブサード深くまでいくと積極的にハイプレスをかけてボールを奪取する姿勢を見せる。
オフェンシブサード深くでのプレッシングでは、ボールを外回りにさせて、サイドに追いやることを狙いとしているので、SHは内側に入って背中で後ろのスペースを消しつつ、外にボールが出ると中のパスコースを切りながら出ていくかたちを取っている。
このとき、CHパレホが出て行って4-1-3-2のような陣形を作り、2トップとパレホで相手中盤を捕まえ、カプーがバランスを取る。
ボールを外回りにさせることを狙っているので、ミドルサードでのプレッシングとは配置が違い、内側に人が多くいてサイドにボールが出るとそのままスライドしてボールサイドに圧縮する守備を行う。
このとき、CBは、マンマークではないので降りる前線の選手に対してあまりにも深い位置までは追わないが、ある程度は付いていって前を向かせないような守備を行う。
ブロックも、プレッシング時と同様のスタイルを採用している。
幅は広くしているので、大きな展開にも余裕を持って対応でき、ライン間にボールが入ると、近くの選手で圧縮するかたちであるが、プレッシング時と違い、CBがサイドに出て行くとCHが下がってそのスペースを埋める。
ユナイテッドの攻撃
プレスに対してユナイテッドは、大幅に陣形を変えず、ブルーノやカバーニ、ショーのようにオフザボールの質と、ラッシュフォードやグリーンウッド、ポグバのようにオンザボールの質の個人の能力の部分でプレス回避をするビルドアップが基本である。
個の能力が高い選手が揃っているので、相手のプレスに完全にハマっていても、そこを剥がしてチャンスを作り出すことが可能である。
ハイプレスに対しても勿論、個の能力で剥がしてプレス回避する場面もあるが、前からくる相手に対してレイオフを使いながら、ダイレクトプレーで上手く剥がすのも得意であり、そこから疑似カウンターに繋げることもできる。
オフェンシブサードでも基本的なスタンスは同じで、選手の配置で優位性を作るというよりも、選手の質で優位性を作る。
ブルーノが様々なところに顔を出しながらボールを引き出してリズムを作るが、最後のところでは、クロスやスルーパスの質やドリブル突破、スルーや3人目の動きを交えたテンポの良いパスワークなど、かなりアドリブ的なかたちで相手のブロックを崩すことが多い。
ユナイテッドの守備
プレッシングは、4-2-3-1の陣形を保ったままのハイプレスを基本としており、1トップがボールを追い、WGが絞っていて内側から外側に向かって守備をするので、SBが高い位置まで出て行くことが多く、それに連動して後ろがスライドするため、3バック気味になるようにかなり前から圧力をかけるスタイルを採用している。
ミドルサード以降は、可変して4-4-2のブロックを作り、2トップで中盤を消し、両WGで中盤脇を消すスタイルを採用している。
プレッシング時同様に、幅を取る相手選手にはSBが出て行くのだが、中盤の2枚がスライドして対応することも多い。
また、カウンターに備え、ラッシュフォードなんかは前残りしていることも多いが、運動量の多いブルーノのプレスバックと、守備強度が高く縦横無尽に走れるフレッジ、マクトミネイのスライドでカバーしている。
ビジャレアルの攻撃
プレスに対してビジャレアルは、LSBペドラサが高い位置を取って左肩上がりに可変する3-4-3のかたちを作るのが基本である。
左のハーフスペースを内側に入ったLSHトリゲロスが、右のハーフスペースを降りてボールを引き出すSTモレノが使い、幅はLSBペドラサとRSHチュクウェゼが使うといったように、各レーンに人がしっかりと整理して配置されたポジショナルプレーを取り入れている。
配置が整理されているだけで無く、フォルス9の動きでボールを引き出すのが得意なモレノ、元々中盤のプレーヤーで中でプレーするのが得意なトリゲロス、SHにも起用される攻撃なペドラサ、快速でサイドでのドリブル突破が得意なチュクウェゼやピノ、といった具合に、可変によって選手の長所をより引き出さことができるシステムとなっている。特にトリゲロスは様々なところに顔を出すので、相手に捕まりにくく、ライン間のスペースやクロスボールに対してもフリーで受けて、チームを活性化させている。
基本はボールを上手く回してポゼッションを高めるスタイルであり、レイオフを多用しながら、内側から外、外側から内といったようにサイドと中央を上手く使いながらボールを回して、プレスを回避する。
ディフェンシブサードではRSBのガスパールではなく、GKと2CBで3バックを作ってビルドアップを行う。
ミドルサード以降の時と同様にサイドと中央を上手く使いながらボールを回して、プレスを回避し、そのまま疑似カウンターに繋げることも得意である。
両者の狙いやポイント
ユナイテッド
前からプレスをかけるユナイテッドに対して、後ろから臆せずに繋ぐビジャレアルのビルドアップのポイントは2センター(特にパレホ)であるのでユナイテッドはいつもとプレス方法を変更する可能性がある。
基本的にはブルーノがアンカーを抑える役割を担うが、2センターのままビルドアップを行うビジャレアルに対しては、DHの一枚が出て行って2枚でしっかり抑えて、中盤を経由させないようにするプレッシングでボールを奪いにいくかもしれない。
また、幅が広い4-4-2のブロックを組むビジャレアルに対して、SHとCHの間、SBとCBの間のスペース(ハーフスペース、中盤脇)でボールを引き出すことが重要となってくるのだが、ビジャレアルは当然、そこに対して圧縮守備をするので、空間と時間が限られた中でもプレーできるブルーノやカバーニ、ポグバ、グリーンウッドらが鍵を握ることとなる。
元々ラインが高いビジャレアルのDF陣が彼らに対して自由にさせまいと出てきたら、DFラインの裏のスペースを使って攻めることができるが、バイリーとのCBコンビの場合、フィードを蹴れるリンデロフが左になるのでどのくらい影響するのか、また、バイリーやトュアンゼベがそこにフィードを送れるかがポイントである。
基本的に配置をそこまで意識せず、個の力で打開することが多いスールシャールユナイテッドだが、5試合前のヴィラ戦のように配置をしっかりと整理して、DHをDFラインに落としてSBが高い位置で幅を取りWGが中に入る3-1-5-1のようなかたちに可変できると、選手の個の能力でも配置でも優位性を保つことができる。
ビジャレアル
準決勝2ndレグアーセナル戦のように、ビルドアップが得意で無い選手のところを敢えて空けて、ボールをそこに誘導し、そこを奪いどころとするようなプレスに変更する可能性がある。
LSHトリゲロスをより内側に入れて中盤化し、RSHピノを少し前に出すアシンメトリーな4-3-3にして、足元の技術に優れているわけでは無いRSBワン ビサカのところにボールを誘導し、そこを奪いどころするかもしれない。
また、通常のプレスの場合でも、フレッジ、ポグバのところは、マークを剥がすことができる一方で、ボールロストも多いので、交わされればピンチ、奪えればチャンスと表裏一体である。
ユナイテッドの後方はかなり連動が必要となるスライド守備であるが、DFリーダーのマグワイア不在以降、スライドやマークの受け渡しが不安定となっているので、裏に引っ張るような前線の選手がいない中でもモレノ、トリゲロスあたりがライン間に顔を出して、相手DFを混乱させらるかがポイントとなる。
また、右サイドのワン ビサカ、バイリーの身体能力は世界トップレベルであり、トリゲロスやペドラサが対人勝負となるとかなり厳しいが、守備時のオフザボールや判断のところは今ひとつなので、内側に入って曖昧なポジションを取るトリゲロスが重要である。
4-4-2のブロックを組む相手に対しては、当然、中央脇のスペース(ハーフスペース)が重要となるのだが、ユナイテッドはフレッジとマクトミネイの守備強度と運動量でカバーしている。
ただ、この2人もしくはどちらか1人が起用されないとなると、ここはかなり狙いどころとなる。(守備時のオフザボールや判断が良くないポグバをそこに起用するなら尚更。)
そのため、可変してシャドーのようなポジションになり、中央脇のスペースを使うモレノとトリゲロスが鍵を握ることとなる。
5/25
不調のリバプールは今後どうなる!? 〜直近の試合を戦術的に考察してみた〜
- リバプールの現状
- リバプールが低調な原因とは何か?〜メディアで取り沙汰されている世間一般の見解〜
- リバプールが低調な原因とは何か?〜個人的な見解〜
- 低調な状況を抜け出す改善策〜個人的な見解〜
- リバプールは今後どうなるのか?
リバプールの現状
降格圏内のフラムに敗れ、PL(プレミアリーグ)14試合で3勝3分8敗と昨シーズン圧倒的な強さを誇って優勝したチームとは思えないような不調な成績が続くリバプールであった。
その後は、直近の公式戦3連勝と少し調子を取り戻しつつあるように見えた一方で、CL(チャンピオンズリーグ)ではマドリーには敗戦し、三連勝は「一時的に調子が上がっただけ」、「今までの不振を考えるとたまたま勝てただけ」、などと考える人も多い。
それでは、一昨季は欧州制覇を達成して、昨季は圧倒的強さでリーグ優勝したリバプールがなぜ勝利できなくなったのか、そして今後リバプールはどうなっていくのか、戦術的観点から紐解いていく。
※あくまで直近の試合の戦術的考察であるので、リバプールの戦術の特徴や全体の変化やシーズン通しての比較などを、大幅に省略しています。よりリバプールの戦術の詳細が見たい方はこちらへ。↓
リバプールが低調な原因とは何か?〜メディアで取り沙汰されている世間一般の見解〜
主力のCB陣全員が長期離脱
一般的に最も大きな要因とされているのは、この主力のCB陣全員に長期離脱が強いられたことだろう。
特に痛手となっているのは、昨季リーグ戦フル出場でチームを牽引したファン ダイクの離脱だ。
フィジカル、スピード、エアバトル、カバーリング、ポジショニング、パス精度、リーダーシップとDFに必要な全ての能力を非常に高い水準で兼ね備えている世界最高のCBの負傷離脱は、リバプールの後方だけでなく、前線にも多大なる影響を与えている。
更に、マティプとジョー ゴメスも相次いで離脱し、ファビーニョやヘンダーソンなどDFが本職でない選手と、フィリップスやウィリアムズ、カバクなどリバプールでの試合経験の浅い若手選手の併用となっているのが現状だ。
ここで重要なのは、リバプールのCBに求められる能力についてだ。
リバプールのDF陣の特徴としては、一般的なチームと比べてもかなりDFラインが高いので、後ろに空いた広大なスペースを守ることできるスピード、カバーリング能力、そして釣り出されても負けない対人の強さと、守備に必要なほぼ全ての能力を兼ね備えていることが求められるが、それだけではなく、攻撃時の後方からのフィードもリバプールのビルドアップを支える重要な鍵であるので、逆サイドに展開するロングキック精度の高さも必須である。
主力CBに負傷が相次いだなか、彼らに劣らないフィード力を持ったCBがヘンダーソンだけであり、ビルドアップの最大の起点が無くなったことも大きな痛手となった。
リトリート相手への攻略法の未発見
対リーグ王者として、エバートンのように引いて守ってカウンターをベースにするチームや、5-5のブロックを作って守ったWBAのように完全にリトリートして勝ち点1を取れれば良しとするようなチームが増えてきたことで、特にそのような相手への攻略法を見つけられずに苦しんでいる。
主力選手のコンディション不良
現地では、前線のフィルミーノ、マネ、サラーやアーノルドなどは、昨シーズンと比べるとパフォーマンスが低下してるとも言われているし、実際そう見える人も少なくないはずだ。
( 19/20シーズン 20/21シーズン現在
フィルミーノ : 10G12A 6G5A
マネ : 22G8A 12G6A
サラー : 23G12A 28G4A
アーノルド : 4G14A 2G6A )
https://www.transfermarkt.com/liverpool-fc/kader/verein/31/saison_id/2020/plus/1
無観客によるサポーターの不在
アンフィールドでは、18節のバーンリー戦で敗れるまで、68試合無敗とPL2位の記録を更新し続けており、特にホームで無類の強さを誇ったリバプールであったが、バーンリーに敗戦後まさかのホーム6連敗とクラブ創立以来最悪の記録を打ち立ててしまった。
その後ホームで6連敗するなど過去になかった経験のため、立て直す方法を発見できなかったのかもしれない。
常に満員のなか熱狂的なサポーターによって作られる異様な雰囲気は、リバプールの選手達の士気をより高めて、実力以上の力を発揮させることで、不利な状況から数々の逆転劇を起こしてきた。
そんな最大の後押しを失ったことも少なからず試合結果に影響しているはずだ、と選手や関係者の多くが語っている。
リバプールが低調な原因とは何か?〜個人的な見解〜
ボールを保持するポゼッションへの変化
私が思うリバプールが昨季のような圧倒的強さを失った最大の要因は、トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするスタイルからポゼッションスタイルへの変化とそれによる中盤の役割の変化であると考えている。
(勿論、上記に挙げたような要因もあるが、私はあくまでプラスアルファの要因として考えている。)
図1
昨シーズンまでのリバプールは、4バックの型を崩さずに主にCBの2枚を中心にビルドアップを行い、SBやアンカーが状況に応じて補助するスタイルであった。[図1参照]
図2
このビルドアップは、CBのロングキック精度がとても高い事、WGがオンザボール(ドリブルでの仕掛け)とオフザボール(ダイアゴナルな走り)の両方を出来る事、が前提ではあるが、
最大の特徴は、ロングボールを蹴ることで途中で相手に引っかかったとしても自主的にトランジションの局面を作り出すことができる[図2参照]ので、リバプールの特徴であり長所であるトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを最大限に活かせるようにしているのだ。
このように相手を囲い込んで再びボールを奪い、ショートカウンターなどに繋げるゲーゲンプレスがクロップリバプールの代名詞となっているが、このとき相手を囲い込むためにもIHが高い位置にいることが重要である。
図3
ビルドアップの時に中盤(IH)が高い位置にいるメリットは他にもある。崩しの場面ではWG、SBと絡んでサイドで優位な状況を作ることができるし、IH(ワイナルドゥムやヘンダーソン、チェンバレン、ミルナー、ケイタなど)がそのまま出ていくことで、クロスに対してゴール前の人数に厚みを持たせることもできる。[図3参照]
このようにWG、IH、SBで三角形を作ってそれを回転させるようにしてお互いが動く攻撃や、クロスに対してボックス内の人数に厚みがある攻撃は、リバプールの崩しにおいて大きな特長となっており、それを支えているのはIHの能力とポジショニングであることがわかる。
図4
一方で、今シーズンのリバプールは、中盤の選手がビルドアップの補助をしに降りてきて主にCBと中盤1枚or2枚の3〜4枚を中心にビルドアップを行い、更に中盤が補助するというスタイルである。[図4参照]
※ポゼッション化させた原因はなんなのだろうか。
ファン ダイクやマティプなど世界屈指の精度の高さのロングフィードを蹴ることができる選手が起用できないから仕方なく変化させたと考える人もいるかもしれないが、それは恐らく違うだろう。
クロップは、CL優勝後にこのままではなく常に変化していく必要があると語っていた。
実際に、20/21シーズン最初の試合であったコミュニティシールド決勝のアーセナル戦で、明らかににビルドアップの変化をさせており、その後のPLでもこのビルドアップを採用していた。(これが、ファン ダイクやゴメスの離脱前であることは言うまでもない)
ハイプレスでボールを奪いにいくような守備をしないアーセナルに対して、その後もIHのワイナルドゥムや交代で入ったケイタが頻繁に同様の動きをしていたことから、DFラインに降りてのビルドアップをミルナーが好んで個人的に行っていたのではなく、予め20/21シーズンに向けて備えていた戦術であることが判明した。
その後、ファン ダイクやマティプの離脱で、よりロングフィードを使いにくくなった可能性はあるだろうが、シーズン初めのコミュニティシールドから採用していたことを踏まえるとクロップがポゼッションサッカーへの移行を狙っていたのは間違いないだろう。
リバプールのサッカー自体の変化の理由はいくつかあるだろうが、最大の要因は恐らく、COVID-19による試合の中断とそれによって起こった20/21シーズンの超過密日程の影響により、リバプールの特徴の運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするスタイルを貫くのは得策でないと予め考えており、より疲労が少なくなるボール保持を重視としたサッカーに切り替えたのではないかと私は考えている。
つまり、これはボールをより丁寧に繋ぐという意図が明確に表れた変化だが、問題はそこではなく選手の配置の変化である。
中盤の選手が降りることで、必然的に両SBは押し上げられて、高い位置を取ることとなる。
それによって、両WGは中央に絞ったポジションを取ることとなる。
この3-1-1-5のような型を攻撃時に可変的に採用しているチームは多く存在し、配置を見ても格レーンに選手がいて、一見良い型のように見える。
この型自体は良いのだが、リバプールに当てはめたときに、リバプールの選手を適材適所にポジショニングさせて能力を最大限に引き出せるような型とは言えない。
その理由は大きく四つに分けることができる。
・そもそもポジション化することが困難
トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするサッカーをずっとやってきており、各ポジションそのサッカーに適した選手を集めてきていたのに、いきなり対極ともいえるサッカーに変更するのは少し無理があるといえる。
当然、ボール保持することが増えれば、トランジションの機会は減少し、インテンシティを活かせる場面も減る。
また、求められる能力も違い、今までは運動量やアスリート能力が一番求められていたが、ポゼッションサッカーではそれよりもオフザボールやテクニックが求められるようになる。(リバプールの選手は、能力の高い選手が多いので、それでもこなせないこともないのだが、長所を最大限に活かせてるとは言えない。)
・中盤の強度の低下
怪我人の続出の影響もあるが、中盤にジョーンズとチアゴが起用させるようになったことで、ワイナルドゥムやヘンダーソンがIHで起用されていたときと比べると中盤の強度が落ちたのは明らかだ。
※チアゴとジョーンズ
第29節チェルシー戦では、いつも通り、外へのパスコースを切りながらのプレスで中に追い込んで、中央を奪いどころとしているリバプールであり、この試合は相手の中盤2枚をフィルミーノとジョーンズで見るかたちであったが、ジョーンズのところで簡単に剥がされて前を向かれてしまうシーンが目立った。
第28節ウルブズ戦でも、3トップが前からプレッシャーをかけて右サイドに追い込み、ボールを蹴らせた。
しかし、チアゴのところで剥がされて簡単に前を向かれてしまい、逆サイドに展開されてしまった。
・中盤の選手がDFラインに降りて低い位置にポジションを取ることによる弊害
これがポゼッション化したことによる最大の弊害であろう。
後ろから丁寧にビルドアップを行うことを心がけているので、中盤の選手が相手の第一防波堤(FWライン、ファーストディフェンダー)の手前でプレーする機会が非常に増えたのだ。
トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするリバプールにとっては、ハイプレスやミドルプレスの守備を行う相手に効果的とは言えないが、特にリトリートの守備を行う相手には逆効果となって、攻めあぐねる状況がとても多くなった。
例えば、リトリートしてブロックを組む相手に攻める構図となった昨シーズンのCLベスト16 2nd legアトレティコ戦と、同じようなシュチュエーションとなった今シーズンのPL 25節エバートン戦を比べてみる。(どちらの試合も支配率72%)
アトレティコ戦でのIHは、ワイナルドゥムとチェンバレン、エバートン戦でのIHは、ジョーンズとチアゴであったが、ヒートマップを見ると今シーズンはIHのポジションが明らかに低くなっているのが一目瞭然である。
では、中盤の選手がDFラインに降りて低い位置にポジションを取ることによる具体的な弊害とは何なのだろうか?
攻撃時に後ろ重心になる事、中盤が空洞化する事、攻撃に厚みが出なくなる事の三つが主にリバプールで起こっている問題である。
※攻撃時に後ろ重心になる
図4
第25節エバートン戦ではジョーンズ、ワイナルドゥム、チアゴの中盤3枚であるが、ワイナルドュムとジョーンズがDFラインまで降りている。
相手の第一防波堤(2トップ)の手前に5枚おり、2トップは中央のチアゴを消しながらボールホルダーを牽制している。2枚(サラー、ロバートソン)は幅を取っており、相手の第二防波堤(3センター)の背後にポジションを取れている選手は2人(フィルミーノ、マネ)のみであるので、相手からすると脅威となるパスコースは2つのみということになる。
4秒後のシーンで、この状況でも上手くヘンダーソンがくさびの縦パスをマネに入れることができたのだが、周りにサポートの選手がおらず(フィルミーノしかいなかったため彼へのコースを消しながらマネにプレッシャーに行くことは容易)、マネは前を向くことができなかった。ボールを前進させることには成功したものの、相手の守備陣形は全く崩れることなくセットされた状態が続く。
また、この時ライン間にポジションを取っている選手はフィルミーノのみであり、ジョーンズが左の幅を取っているので、ロバートソンが高さを取ることになっている。
同じエバートン戦の別のシーンでは、中盤の3枚全員が第一防波堤(一時的に1トップ)の手前にいる。そのことでライン間に選手がおらず、相手は5バックでマネ、フィルミーノ、サラーを見ることができる。
中盤のジョーンズが幅を取っているためロバートソンが内側にポジション取ることとなっている。
第13節スパーズ戦ではワイナルドゥム、ヘンダーソン、ジョーンズの中盤3枚であるが、ヘンダーソンとジョーンズがDFラインまで降りている。
流れの中のシーンとはいえ、プレッシャーをかけていない相手に対しても、やはり後ろは5枚である。2枚(サラー、ロバートソン)が幅を取るかたちとなっており、中央にポジショニングをとっている選手はフィルミーノとワイナルドゥムのみである。
これは、前述した(コミュニティーシールド決勝)ようにDF陣の相次ぐ負傷離脱によって、やむを得ずに取った戦術ではない。第2節のチェルシー戦では、相手に一人退場者が出てしまったこともあって、リバプールのDFラインに殆どプレッシャーがかかっていない状況であるが、中盤のチアゴが降りて行ってビルドアップを補助している。
(この時は残りの中盤のワイナルドゥムとケイタが第一防波堤(2トップ)の背後にポジションを取れており、後ろで幅を取る選手も5バックにならないように第一防波堤(2トップ)の奥にポジションを取れているのでまだ良いのだが、リバプールらしさは失われている。)
第29節チェルシー戦では、ジョーンズ、ワイナルドゥム、チアゴの中盤である。GKからのビルドアップの延長であるため、前の二つの例とは少し違うが、やはりジョーンズはDFラインまで降りてきている。
3秒後のシーンで、カバクはパスの出しどころがなく、前線へアバウトにロングボールを蹴るが、そのボールに背っているのはジョーンズが降りることによって押し上げられたロバートソンである。
これらは、中盤の選手がDFラインまで降りることで後ろ重心になる毎試合起きているリバプールの問題の一部である。
勿論、適材適所の配置でもなければ、選手の能力を最大限に引き出せるような型でもない。
※中盤が空洞化する
図5
エバートン戦で後ろからサラーの背後を狙ったシーンであるが、どちらも中盤に選手がおらず、空洞化しており、ライン間にポジショニングできているのはマネだけである。
それでも前述したようにリバプールは、ロングボールを多用するチームである。
だが、ここで一番の問題は、中盤の位置が低く、セカンドボールに対して反応できる距離に選手がいないということである。
これではトランジションの状況でインテンシティの高さを活かしたサッカーはできるわけがない。
実際に中盤が空洞化して攻撃が上手くいかなかっただけでなく失点に繋がってしまったケースも幾つかある。5-2-3のシステムのチェルシーは状況に応じてジェームズが出ていきマウントが降りる4-4-2のブロックを組んでいた。
ワイナルドゥムが得意の推進力を持ったドリブルでブロックの中に入って行く一方で、ジョーンズとチアゴはブロックの外や手前にポジショニングしている。
ワイナルドゥムはフィルミーノにボールを預けて更に前出て行き、サイドに流れているジョーンズが裏を狙っている。この時、アンカーのワイナルドゥムが出て行ったことで中盤のスペースがぽっかり空いてしまっている。
フィルミーノは外のジョーンズを狙うが、手前でアスピリクエタにクリアされる。中盤に選手が不在のためセカンドボールを拾えないどころかそれを拾ったカンテに対してもプレッシャーをかけられない状況となってしまった。
慌ててフィルミーノが寄せるも流石の彼でも間に合わず、カンテは余裕を持って裏を狙うマウントにボールを蹴ることができた。
その後にDFのポジショニングのミスなどもあったが、中盤が空洞化することで、ライン間にボールが入らないことだけでなく、セカンドボールを回収できず、更には相手のカウンターの起点にもなってしまうという不具合の多い事態になってしまっている。
※攻撃に厚みが出なくなる
図6
中盤の選手が低い位置にポジショニングしていることで、深い位置で攻撃に絡めなくなり、サイドではWGとSBだけの関係になっているので、相手とするととても守りやすいかたちとなっている。
昨シーズンのリバプールでは、ヘンダーソンやワイナルドゥム、チェンバレンが積極的に3人目の動きを行い、ハーフスペースへかなり走り込んでチャンスを作り出しており、今シーズン序盤もヘンダーソンは右だけでなく、両サイドでこのプレーをしていた。
しかし、彼が後ろにコンバートされるようになり、代わりにチアゴやジョーンズが起用されるとこのような動きはほぼ見られなくなった。
このシーンでも相変わらず中盤の選手の位置は低く、特にこの時、サイドでのプレーを好むジョーンズのポジショニングは、アーノルドの真後ろと相手にとって全く脅威とならない無駄な位置にいる。
そのため、やはりここでもWGとSBだけの関係になっており、サラーが内側を走るも5バックの視野の中での動きとなり、それほど苦労せずに対応できる状況である。
このシーンもサイドでアーノルドとサラーだけの関係性ではある。
しかし、巧みなダイレクトでのワンツーから深い位置にボールを運ぶことができ、尚且つCBを引き出すことができた。そのタイミングでフィルミーノがハーフスペースに良いランニングをして、相手のポケットの部分を取ることに成功する。
だが、ここでも中盤の選手のポジショニングが低いことが問題となる。
なぜなら、当然のことながらゴール前の人数が減少するからだ。この状況では、相手選手が5枚で中を固めているのに対して、リバプールはボックス内にマネとロバートソンの2枚のみであり、中盤の選手は1人も入ってこれていない。(バイタルにジョーンズがいるものの、チアゴとワイナルドゥムはもはや画面外)
中盤の位置が低いことは、WGとSBだけの単純な関係になってサイドでの優位性が低下するだけでなく、ゴール前の人数にも厚みが無くなるという弊害もあるのだ。
(中盤の選手がサイドで絡まないことで、前線の選手がサイドに流れることとなる結果、中の枚数が更に不足するようになるともいえる。)
・最適解とは離れた選手の配置
前述したように、今シーズンのリバプールは中盤の選手がDFラインに降りて3-1-1-5や4-1-5のシステムに可変するビルドアップを採用している。
システムを可変するメリットは、各選手に視点を当てた「選手の長所を活かして短所を隠す」ことができるのと、
チーム全体に視点を当てた「チームの戦術を際立たせる」ことができることである。
※「選手の長所を活かして短所を隠す」、「チームの戦術を際立たせる」とは
「選手の長所を活かして短所を隠す」について、サッカーは、どのポジションでも攻撃時と守備時の役割な大きく違う。つまり、攻撃時のそのポジションでの役割は得意だが、守備時のそのポジションでの役割が苦手であるという選手もいれば、逆のパターンの選手もいるということだ。そういった選手には、システムを可変して攻撃時と守備時の役割を変えてあげることで、その選手の良さをより引き出すことができるのだ。
(事例: 空中戦が強さ、ボール回収能力やカバーリング能力の高さ、ロングフィード正確性を武器とするが、プラス耐性の低さやテクニックの低さに難点がある4-3-3のアンカーの選手がいるとする。この選手は、守備時に中央で掃除屋としてとても良い働きをしてくれる。しかし、攻撃時になると相手のプレッシングに苦しんで、低い位置でのボールロストから失点してしまうことが多々ある。 図7
このような場合、両SBに高い位置を取らせて、この選手をDFラインに下ろすことで、プラス耐性の低さを隠し、視野を確保できる状態でビルドアップに参加することで得意のフィードを活かすことができるようになる。[図7参照])
「チームの戦術を際立たせる」について、サッカーは、チームの狙いによって攻撃時と守備時の役割は大きく違う。つまり、ポゼッション(攻撃時)とハイプレス(守備時)をベースとするチームもあれば、同じポゼッションでもポゼッション(攻撃時)とリトリート(守備時)やポゼッション(攻撃時)とマンツーマン(守備時)をベースにするチームもあるし、相手のやり方に合わせて攻撃や守備を変形させるチームもあるということだ。
更に視点を深くすると、各選手がマンマーク気味のプレッシングや、中央をボールの奪いどころとする外のコースを切るようなプレッシング、サイドをボールの奪いどころとする中のコースを切るようなプレッシングなど、守備時のハイプレスの中でも役割はチームによって様々である。
(事例1: 攻撃時に4-2-3-1のシステムで攻めるチームがあるとする。 図8
守備時に中切りのハイプレスを採用する場合、4-2-3-1の陣形を崩さずにWGが中央へのパスコースを切って外にボールを誘導し、サイドにボールが入るとボールサイドに圧縮して奪いにいく。
しかし、守備時に外切りのハイプレスを採用する場合、CFが下がってWGが前に出る4-2-4の陣形へ可変。WGがサイドへのパスコースを切って中にボールを誘導し、中央にボールが入ると圧縮してボールを奪いにいく。
また、リトリートしてブロックを作る場合、トップ下が前に出る4-4-2の陣形に可変。中央に人を多く配置してソリッドに守る。[図8参照]
事例2: 攻撃時に4-2-3-1のシステムで攻めるチームがあるとする。 図9
相手が4-4-2でハイプレスをかけるチームである場合、CBから中盤へのパスコースが直線上になるので、相手は前線の二人でこちらの四枚を抑えることができてしまい、それに相手WGが連動することでパスコースがなくなって、ビルドアップが苦しくなってしまう。
しかし、LSBを下げてRSBを前に出す3バックに可変することで、相手の前線二枚に対して数的有利な状況を作れるだけでなく、中盤へのパスコースに角度がつくので、パスを送れるようになる。[図9参照])
リバプールの場合は、ポゼッション化する狙いで3-1-1-5や4-1-5に可変しているので、当然、後者のチーム全体に視点を当てた「チームの戦術を際立たせる」ことを狙いとした可変である。
前述したようにリバプールは、元々昨シーズンまでは可変せずに4-3-3のシステムを貫いており、その戦術を最適解とする選手が揃っているのだが、3-1-1-5や4-1-5に可変することで当然ながら役割が大きく変わる選手が出てきてしまう。
リバプールは、非常に素晴らしい選手たちが集まっているので自分の最適解でなくとも高いレベルでプレーすることが可能であるが、それでは彼らを最大限に活かさせているとは言えない。
つまりクロップは、各選手に最適解の役割を与えることよりもチーム全体としての狙い(=ポゼッション)を優先しているのだ。
個人的に見ていてシステムの可変によって自分が一番プレーしやすいところでプレーできていない選手は、サラーとマネ、そしてアーノルドである。
図10
チアゴやジョーンズが低い位置にポジションを取ることで両SBが押し上げられて高い位置で幅を取り、それに連動して両WGが内側に入るようになる。
確かに昨シーズンも0トップのフィルミーノが中盤まで降りていき、2トップのような陣形になる事はしばしば見受けられたのだが、これは一時的な状況であり、あくまでマネとサラーはWGとしてプレーしていた。(勿論、バイタルエリアやペナルティーエリア内ではポジショニングが不規則に変わるし、彼らはヘディングでの得点もできるので中央にいることも多かった。)
しかし、今シーズンになって彼らがより内側でプレーすることで、破壊力抜群のドリブルの仕掛けや相手DFラインへの裏抜けが減少しており、長所を最大限に活かしきれておらず、試合によっては攻撃の単調化に繋がっている。
https://www.sofascore.com/player/trent-alexander-arnold/795064
また、アーノルドが、昨シーズンよりも高い位置を取るようになったのだが、これが彼が不調と言われている原因はここにあるかもしれない。
彼は、ずば抜けて精度の高いアーリークロスを武器としてので、少し低い位置にポジションを取ることを好むのだが、今シーズンはより高い位置で幅を取るWGのような役割をこなす試合や状況もあるので、可変によって彼の長所が活かされなくなっている。
(最近では攻撃時になると低い位置から前に出ていくようになりだいぶ改善されている)
最適解については、システムの可変とは関係ないが、ワイナルドゥムも彼が一番活きるポジションでプレーできていない。
※ワイナルドゥムのプレーの主な武器
- リバプールで求められるトランジションの早さ、インテンシティの高さ
- 推進力の高さを活かした前に持ち運ぶドリブル
- 中盤からハーフスペースやゴール前に飛び出していく動き
- クロスに対しての空中戦の強さ
- 欠点が無いオールラウンダーで、全てを水準以上でこなすことができる器用さ
選手層がとても厚いわけではないリバプールに怪我人が続出したこともあって、アンカーのファビーニョはCBを主戦場とするようになり、シーズン途中からは中盤のヘンダーソンもCBにコンバートされるようになった。
これによって代わりにアンカーを務めるようになったのが守備の面である程度計算が立つIHのワイナルドゥムである。
しかし、リバプールでファビーニョが行なっていた役割は、片手間ではできないくらい難しく、重要なものであった。
※アンカーにおけるファビーニョの役割と彼のプレーの主な武器
攻撃: ビルドアップ時は相手の第一防波堤(ファーストディフェンダー)の背後や間でパスを引き出して組み立てを補助しながらボールを捌く。
ビルドアップ時以降もバランスを取りつつ基本的にはしっかりとパスを繋いでリズムを作るが、時折、リズムを変えるようなパスを送ってチャンスメイクも行う。(DF陣のようにサイド to サイドのようなロングフィードも用いるが、それよりも短めのミドルパスを多用する)
守備: 基本的に高い位置にポジションを取るIHとのバランスを取りながら、彼らが剥がされるとその後ろでボールを回収する。
プレス時には中央の広いエリアをカバーし、ブロック時には圧縮して自らもボールを奪取しに行く。
また、SBやCBが出て行ったときのカバーリングも行う。
- セカンドボールを拾う予測能力とポジショニング能力の高さ
- カウンターの起点にもなれるマンパワーでボールを奪い切る能力の高さ
- 地上戦、空中戦共に負けない対人の強さ(インテンシティの高さ)
- カバーリング能力の高さ
- ボールを奪いにいくのか攻撃を遅らせるのかなどを瞬時に選択できる状況判断力の的確さ
- リーチの長さを活かしたタックル
確かにワイナルドゥムは沢山のポジションをできる器用で素晴らしい選手であるので、アンカーでも攻守共に水準以上の働きをしているのだが、やはり本職のファビーニョには敵わない。
攻撃面では、バランスを取りつつしっかりパスを繋いでリズムを作ることはできているが、リズムを変えるパスはあまり出せていない印象だ。
勿論、出し手というよりはどちらかと言えば受け手である彼にこれを求めるのは酷であり、決して彼に非があるわけでは無いのだが、各駅停車のパスが多く、攻撃が単調になって停滞しているのも現状である。
( ファビーニョ ワイナルドゥム
パス成功率 87% 93%
キーパス本数 0.7 0.5
ロングパス 2.9 1.2
ミドルパス 2.4 1.1
1試合あたりの平均 )
実際、昨シーズンのファビーニョとのパスデータを比べてみても、パス成功率は上回っているが、ロングパスとミドルパスは極端に少ないことから、リスクを回避したパスが多く、相手にとって脅威なるパスをあまり送り込めていない。
また、守備面でも、同様に水準以上の働きはできているものの、IHとは微妙に違うポジショニングであったり、どうしてもマンパワーで奪いきれなかったりしてファビーニョのクオリティは出せていない。
これらを考えると、怪我人続出の中においてそれなりに良い活躍をしているように見えるし、実際その通りである。
ただ、忘れてはならないのが、推進力の高さを活かした前に持ち運ぶドリブル、中盤からハーフスペースやゴール前に飛び出していく動き、クロスに対しての空中戦の強さなど彼の武器を全く活かせていないということであり、それによって攻撃の厚みが落ちているのは確かである。
低調な状況を抜け出す改善策〜個人的な見解〜
クロップリバプールらしさの回帰
"そもそもポゼッション化することが困難"で記述したようにリバプールの選手のプレースタイルを考慮すると、やはり完全にポジション化するのは勿体無いし、効果的とも言えない。
恐らく過密日程の影響などから疲労がより軽減されるポゼッションサッカーに移行したのだろうが、その結果チームのクオリティが落ちて優勝争いどころかCL出場権すら危ういのでは本末転倒だ。
過密日程や負傷者続出などから、トランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを特徴とするサッカーで昨シーズンのようなクオリティを出すのは難しいとしてもこのスタイルをベースにプラスアルファとしてポゼッションスタイルも取り入れるべきであるというのが私の見解である。
・中盤の選手が高い位置にポジションを取る
中盤の選手がDFラインに降りて低い位置にポジションを取ることを辞めて、高い位置にポジションを取れば、攻撃時に後ろ重心になる、中盤が空洞化する、攻撃に厚みが出なくなるという問題の殆どは解決されることになる。
※中盤のポジション
昨シーズンとのCBの違いのリスクとポゼッションスタイルも少し取り入れるということを考えると、このようにIHがかなり前に出て相手のMFラインの背後にポジションを取るのは今のリバプールにはリスクが高く、難しいかもしれない。
だが、相手のFWラインの背後や中盤の脇にポジションを取ることなら可能であるはずだ。
常に中盤の選手がDFラインまで降りるのではなく、相手のFWラインの背後にポジションを取ってボールを引き出すだけでも、中盤の選手がDFラインに降りて低い位置にポジションを取ることによる弊害はだいぶ解決されるはずだ。
実際に、第28節ウルブズ戦では、IHに起用されたワイナルドゥムが自身の特徴を活かしてこの役割を果たせていた。
※IHのワイナルドゥムのポジショニング
ファビーニョがアンカー起用されたこの試合は、IHのワイナルドゥムは比較的に下がらずにプレーできる。
ワイナルドゥムは相手のMFラインの脇にポジションを取っている。一瞬3トップの陣形が崩れ、カバクに余裕を持たせてしまったウルブズであるが、カバクはそれを見逃さずにチアゴに鋭い縦パスを入れ、相手のFWラインを突破。
チアゴが持ち前のテクニックで鋭いパスを簡単にトラップして前を向くのと同時にワイナルドゥムは前に走り出してゲートを通すパスが繋がって相手のMFラインを突破。
ワイナルドゥムが走り出したのと同時くらいにマネが持ち前の抜け出しの巧みさを活かしてダイアゴナルに走り、最終ラインを崩壊させて、相手のDFラインを突破。
ワイナルドュムはやはり相手のMFラインの脇にポジションを取っている。DFラインに降りて受けたファビーニョがフォルス9の動きをしたマネにくさびの縦パスをつける。
相手DFがマネに付いていって対応。ワイナルドゥムが二列目から走り込んで相手CBが空けたスペースを上手く使った。
このようにIHがDFラインまで下がらずに、FWラインの背後や中盤の脇にポジショニングすることで、後ろ重心になることもなく、ブロックの中にボールが入るので攻撃に厚みが出て活性化するようになる。更には守備に切り替わっても中盤が空洞化することもなくなる。
・選手の配置の最適解を優先させる
リバプールは中盤の選手がDFラインまで降りなければ、基本的にあまり可変することはないので、サラー、マネ、アーノルドの問題は解決することになる。
一方で、ワイナルドゥムの起用についてであるが、前述してきた武器や特徴を考えると当然IHでのプレーが最適解であり、アンカー起用には反対であり、従ってファビーニョのCB起用にも反対である。
(当然、クロップもこれらのことなど承知の上で起用しているのだが。)
〔細かい理由は、後述の具体的な戦術のところで触れている。〕
・中盤の強度を向上させる
〔これも同様に後述の具体的な戦術のところで触れている。〕
具体的な戦術
やはりアンカーのポジションは代えが効かないので、負傷離脱などでDFの駒が不足していても、私はファビーニョをCBで起用することは基本的に反対である。
また、前述したように攻撃に厚みを持たせるために基本的にIHはワイナルドュムとヘンダーソンであるべきだと考えている。
つまり、中盤はファビーニョ、ワイナルドゥム、ヘンダーソンをベースとするべきであると私は考えている。
この起用によってチアゴ、ジョーンズと比べると格段にインテンシティが上がるが、何度も言うように彼らはこのようなオンザボールのプレーだけでなく、ライン間にポジションを取ってのプレーやランニングなどオフザボールでも違いを出すことができる。
※再びアンカー起用され始めたCLベスト16 2nd legライプツィヒ戦以降のファビーニョ
ビルドアップ時、ファビーニョは基本的にDFラインまで降りることはなく、第一防波堤(FWライン)の後ろで構えてパスを捌く。
2トップでプレスをかける相手に対しては、彼らの間にポジショニングを取ってボールを引き出す。
2トップの間にポジションを取りつつ、サイドにボールが入っても引き続き相手のブロックの間にポジションをとってボールを捌いたり、時には持ち運んだりする。
彼がアンカーに入ると、中盤がDFラインまで降りてビルドアップする頻度は低くなる。(それでもやはり昨シーズンと比べると高いようには感じる)
そのため、中盤の選手がゴール前まで入っていく頻度も高くなった。
よってIHが前に押し上げてセカンドボールを回収できる頻度も高くなった。
勿論、バランスを取るのも絶妙でIHのミルナーが下がってボールを捌いている時、ファビーニョはIHの位置にポジショニングしている。その結果、セカンドボールを上手く回収している。
中盤に広大なスペースができてしまったリバプールはカウンターを受けるピンチとなる。ここでファビーニョは後ろのケアを他の選手に任せて自分が出ていくことを選択する。
パスコースを消しながら徐々に間合いを詰めることでドリブルするスペースを消すことに成功。見事に相手を後ろに向かせてカウンターを未然に塞いだ。
※IHのワイナルドュムとヘンダーソン
IHのワイナルドゥムがライン間にポジションを取る。
フォルス9の動きでボールを引き出したマネのサポートとなり、彼は前に向けないが、ダイレクトで落とすことによってワイナルドゥムが相手の嫌なところで前を向ける。
19/20シーズンのコミュニティーシールド決勝でシティとの一戦では、ヘンダーソン、ファビーニョ、ワイナルドュムの中盤3枚である。
4-2-4のブロックで激しく圧力をかけてくるシティに対して、4バックのままビルドアップを行うリバプールは、IHのヘンダーソンが降りてボールを受ける。勿論これは一時的なものであるが、ここで重要なのはファビーニョとワイナルドゥムは定位置にいることだ。今シーズンのように中盤の選手が何枚も降りてくるとライン間に選手がいなくなってしまうが、この場合はヘンダーソンが上手くいかないビルドアップに対して臨時で補助したかたちである。
実際ボールを受けてからパスを捌くとすぐにIHのポジションまで戻っているのがわかる。
シティの巧みなプレッシングからビルドアップの枚数と数的同数とされるがそれでも臆することなく、縦にボールをつける。この時、中盤の脇からワイナルドゥムが降りてボールを受ける。相手も素早く寄せたことでワイナルドゥムに余裕はないが、ダイレクトならパスができる。彼の巧みな技術でWGのサラーに落としてボールを前進させただけでなく、前がかりとなっていたシティのプレスを後ろに人数をかけずに剥がしたことでチャンスとなった。
やはりCBの2枚を中心に4バックでビルドアップするリバプールに対して、4-2-4でブロックを組みながら前に出てくるシティという構図。今度はヘンダーソンもIHの位置にいて、ワイナルドゥムと共に相手の中盤の脇にポジショニングしている。
高精度なボールを蹴ることができるアーノルドにボールが出たタイミングでIHのワイナルドゥムがハーフスペースは走り込むので、相手DFはそちらに気を取られることになる。
ワイナルドゥムのランニングによってサラーは余裕を持ってカットインドリブルをすることに成功。このタイミングで0トップのフィルミーノがフォルス9の動きで降りてボールを受けにくる。
相手CBが食いついてきたので、もう片方のIHヘンダーソンが二列目からフィルミーノが空けたCBのスペースに走り込む。
これぞまさにリバプールといったかたち。
今度はサラーが下がってボールを受けに行き、サラーに気を取られたところにヘンダーソンが内側から走り込む。
相手ゴール前までボールを前進させることに成功。
CBの2枚を中心に4バックでビルドアップするリバプールに対して、4-2-4でブロックを組みながら前に出てくるシティという構図は変わらず。
しかし、ワイナルドゥムが少し下り目でバランスを取り、ヘンダーソンとフィルミーノが相手の中盤の脇にポジショニングしている。
そこにボールが入ったので、相手のFWラインとMFラインを省略して突破。
食いついてきたCBに対してヘンダーソンがダイレクトでサラーの裏へパスを出したので相手のDFラインも突破。
後ろからのビルドアップだが、ものの数秒で相手のDFラインまで攻略している。
降りてきたフィルミーノが逆サイドのサラーへ展開しようとする。
しかし、ボールは届かずに簡単にヘディングで返されて、シティはCBからのビルドアップを試みる。
この時高い位置にいるIHのヘンダーソンが前からプレッシャーに行くことでCBはボールをクリアせざるを得なくなった。
クリアに対して味方競り勝ってボールを再び跳ね返す。
ヘンダーソンがボールを拾ってフィルミーノに落とし、チャンスとなる。
サラーへのフィードが繋がらなくとも自主的にトランジションの局面を作り出すことができたので、リバプールの特徴であり長所であるトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングを最大限に活かせたかたち。
オンザボールとオフザボールのどちらにも優れ、高い位置にポジショニングし、クオリティの高いプレーができることで、後ろ重心にならず、攻撃に厚みを出し、守備に切り替わっても中盤が空洞化することもなくなるので、IHからワイナルドゥムとヘンダーソンを外すことはできないと私は考えている。
そして、中盤の次の序列はワイナルドゥムやヘンダーソンと似た役割をできるミルナーとチェンバレンにするだろう。(実際今現在、ヘンダーソンは負傷離脱中)
ただ決してチアゴやジョーンズが戦力外という訳でなく、相手チームや試合状況によっては勿論彼らの方が活きる場面も出てくるので、その時にリズムを変える役割として起用していくべきである。
ただ、ここで問題となるのが、DF陣の選手の起用だ。ファン ダイク、マティプ、ゴメスがいないと仮定し、ファビーニョやヘンダーソンが中盤として固定されると、CBに入る選手は若手選手しかいないのだが、私はカバクとウィリアムズ、フィリップスの併用でいけるのではないかと考えている。
※カバク、ウィリアムズ、フィリップスの武器とプレースタイル
カバク
- 身体能力に優れ、高いレベルにあるスプリント、アジリティ、フィジカルを活かした対人守備
- 前に出て行き、パワーとスピードを活かしてアグレッシブにボールを奪う能力の高さ
スピードを駆使したカバーリングはできるが、ポジショニングや出ていく状況判断力はこれから。
ビルドアップにも大きな問題はない。視野が広く受け手の動きが見えているのだろうが、キック精度が伴わない場面も。
ウィリアムズ
- 長身を活かしたヘディングの高さ
- 後ろの向きの相手に対してインターセプトやタックルなどで自由を与えず跳ね返す能力の高さ
ユースでの試合やカップ戦を見ると、リバプールのCBらしいロングフィードや縦パスを蹴れていたが、リーグ戦では降りてくる中盤に簡単につけるシーンが目立つ。
サイドに釣り出されたり、DFラインの裏に走られたりして、相手にスペースなどの余裕がある状態での対人守備やハイラインのラインコントロールはあまり得意ではない。
フィリップス
- 体格とジャンプ力を活かした圧倒的空中戦の強さ
- ポジショニングや対人守備、カバーリング、ビルドアップなどCBに必要な能力に大幅な欠点がない万能さ
シーズン序盤は、恐らくビルドアップを苦手としていたのかウィリアムズ同様に降りてくる中盤に簡単につけるシーンが目立ったが、その後得意とまではいかないものの、丁寧にパスを繋いでビルドアップを行えている。
なぜなら、ファン ダイク、マティプ、ゴメスと比べるとフィードの精度にこそ違いがあるものの、全員がビルドアップに大きな問題は無いので、可変せずに組み立てることが可能であるからだ。
また、確かにフィードの精度の違いは重要なポイントだが、フィードが通らなくとも、自主的にトランジションの局面を作り出すことができ、中盤にワイナルドゥム、ヘンダーソン、ファビーニョを起用すれば、リバプールの特徴であり長所であるトランジションに重きをおき、運動量をベースとしたインテンシティの高いプレッシングのスタイルを最大限に活かすことができるので、そこまで大きな問題ではないはすだ。
私はこれが今後のリバプールの最も理想的なかたちであると考えているが、もう一つ興味深いかたちをクロップが行っていた。
それは、第30節のアーセナル戦の61分にジョタが投入されて4-2-3-1のシステムに変更したことである。
怪我の影響とフォーメーションの関係で、マネ、フィルミーノ、サラーとジョタの全員が併用されることは殆ど無く、4-2-3-1というシステムも殆ど採用しないのだが、この試合はそれが実現した。
サラーが相手を引きつけてアーノルドにパス。この時、フィルミーノが内側を走って相手CBを引きつけることで、アーセナルのDFはボックス内に入るマネとジョタに対して数的同数となった。
その結果、ジョタのヘディングで先制点を獲得することになる。(勿論、アーノルドの超高精度のクロスも素晴らしかったのだが)
このシステムはフィルミーノとジョタを同時に起用することで、サイドにおいてWGとSBだけの関係となってハーフスペースに走り込む選手がいないという問題や、そこでSTがサイドに流れると中央で高さを取ったり、クロスに対して合わせる選手がいなくなるという問題を同時に解決するだけでなく、破壊力抜群の前線4枚とSBである程度の攻撃は完結してしまうので、チアゴに少し下がった位置でバランスを取りながらゲームメイクに専念させることができるのだ。
三列目はファビーニョとコンビを組めば補完性も良く、チアゴを上手く機能させるシステムでもあるといえる。
私は、勿論、4-1-2-3のシステムで中盤にファビーニョ、ワイナルドゥム、ヘンダーソンを起用する前述したような戦術が最適であるという考えに変わりはないが、チアゴの併用とボールポゼッション、守備のリスクなどを考慮するとこの4-2-3-1も一つのプランとしては良いのではないかと思っている。
リバプールは今後どうなるのか?
ライプツィヒ戦以降の直近の試合では、全てファビーニョをアンカー起用しており、それによってワイナルドゥムをIHで起用できていたので、マドリーにこそ負けてCLは敗退してしまったものの、ウルブズ、アーセナル、アストンヴィラと難敵に三連勝し、一時期の不調を抜け出したかのように思える。
PL残り7試合、前半戦でリーズとパレス以外の相手には勝てていないリバプールとはいえ、このまま、ファビーニョをアンカーにしてワイナルドゥムを一列前で起用できると、攻めあぐねて勝ち点を取りこぼすような試合も減少するであろうから、対戦相手を考慮してもCL出場権の獲得は難しくないはずだ。
(文章を記載した4/12の時点では、全てファビーニョはアンカー起用であったが、そのあとのリーズ戦、ニューカッスル戦共にCB起用でどちらの試合も勝ちきれなかった。)
4/12
PL24節 アーセナル vs リーズ・ユナイテッド 戦術レビュー 〜アルテタの準備とビエルサの修正〜
スミス ロウをトップ下に抜擢して以降、5勝1分けと一時期の不調は抜け出したものの、直近3試合は1分2敗と思うように結果がついてこずに苦戦しているアーセナルと、5勝6敗と成績が安定せずにマンチェスター・Uに2−6で大敗したかと思えば、WBAには5−0で大勝と波がやや激しいリーズの一戦。
アーセナルが3点を取り、勝負を決めたかに思えた前半。
なぜこのような展開になったのかを解説していく。
答えは、リーズに対するアルテタの準備だ。
どういうことなのか?
これを紐解く前に、まず、リーズの守備戦術を知っておく必要がある。
通常のリーズのプレッシング
リーズは、基本的に圧倒的な運動量の下で全員が徹底的なマンマークを主体とする守備を行う。
これはリーズの代名詞であり、すっかりおなじみの戦術となっているが、単に全員がマンマークで守備をするわけではないというのがポイントである。
図1
基本的にはリーズは全員がマンマークであるが、違う点が二箇所ある。
CFとCBだ。[図1参照]
マンマークというのは、一人が外されるとマークが全員ずれることになり、一気にピンチを迎えることになるので、最低限のリスク管理としてCBを一枚余らせるようにしている。
そのため、一枚足りないところが生じるのだが、それはゴールから最も遠いCFである。
つまり、CFだけは相手のCB二枚を一人で相手にしなければならない。
このとき、CFのバンフォードには、重要な決まり事がある。
それは、ボールホルダーではないほうのCBへのパスコースを切りながらボールホルダーにプレスをかけるということだ。[図1参照]
バンフォードは二人を相手にするので、コースを片方に限定しなければ、守ることは難しいなるからである。
ここまでがリーズの守備の大前提である。
図2
バンフォードがこのように横のコースをきるプレスを行うが、相手の中盤の選手が縦のコースを空けると、スペースが生まれてCBがドリブルで持ち運ぶことが可能になる場合がときどきある。
このときは、WGの選手はより自陣ゴールから遠い自分のマークである相手SBを捨てて、自分でボールホルダーにプレスをかけにいくか、それが間に合わないときは、IHがWGにマークを受け渡して、IHがボールホルダーにプレスをかけにいく。[図2参照]
自分のマークが逆サイドまで流れると、それに連動してついていくように徹底したマンマークであるが、当然細かいところではマークの受け渡しも行われているということだ。
これが、リーズのプレッシングの全容である。
通常のアーセナルのビルドアップ
では、これをアーセナルに置き換えてみる。
図3
図4
通常の場合、システムは4-2-3-1である[図3参照]が、DMFの選手(主にジャカ)が降りて3バックのかたちでビルドアップを行うのが基本である。[図4参照]
だが、この試合ジャカがDFラインまで降りることはほとんどなかった。
なぜなのか?
これがリーズ用に用意したアルテタの対策なのである。
アルテタの対策
図5
具体的に説明すると、アーセナルのDMFの二人のポジションは、広がりつつDFラインに降りるどころか、かなり中央に寄っていたのだ。[図5参照]
こうなると、ジャカやセバージョスへのパスは出しにくくなるように見えるのだが、リーズはマンマークであるため中盤のダラスとクリヒは勿論付いていく。[図5参照]
また、SBのベジェリンとティアニーは、後ろ3枚のビルドアップの時のままのように高い位置を取る。
[図5参照]
図5
すると、CBのルイスとマガリャインスの前に広大なスペースができる。[図5参照]
これこそがアルテタの狙いなのだ。
アーセナルの両CB、特にルイスはドリブルで持ち運ぶのがとても得意な選手である。
GKを含めてビルドアップすることでバンフォードのコースカットを簡単に回避し、敢えて作っておいたスペースにドリブルで持ち運ぶことで、リーズのマンマークプレスの弱点を突いたのだ。
図6
フルタイムで見た人は、このように何度もルイスが持ち運んでいたことを覚えているだろう。[図6参照]
ただ、リーズの守備は、このようなCBの持ち運びを回避するために受け渡しのルールがあったはずである。
なぜ機能しなかったのか?
図2
リーズには、CBが持ち運んだときは、WGの選手はより自陣ゴールから遠い自分のマークである相手SBを捨てて、自分でボールホルダーにプレスをかけにいくか、それが間に合わないときは、IHがWGにマークを受け渡して、IHがボールホルダーにプレスをかけにいくというプレッシングの決まり事があったはずだ。[図2参照]
図7
ただ、WGの選手が自分のマークを捨てるのは、自分のマークが自陣ゴールから遠く、脅威になり得ない場合である。
しかし、アーセナルのSBが高い位置を取っており、頭越しのパスを送られると簡単に回避されてしまうので、WGのハリソンやラフィーニャが自分のマークを捨てて、自らボールホルダーにプレスに行くことはリスクが高くなる。
また、アーセナルのDMFがかなり中央によったポジショニングを取っているので、WGのハリソン、ラフィーニャとIHのクリヒ、ダラスの距離は、かなり遠くマークを受け渡すことはとても難しい。[図7参照]
このようにして、リーズの選手たちは、持ち運ぶCBに対して誰が行くのか曖昧となり、誰も行かなければどんどん持ち上がられてしまうというどうすれば良いのかわからない状況となり、プレッシングは完全に無効化されたのだ。
ビエルサの修正
ハーフタイムにメンバーを2人入れ替え、徐々に修正しようとしてたであろうリーズであるが、後半開始直後にダメ押しとなる4点目を取られてしまった。
そこでビエルサは、53分に早くも3枚目の交代カードを使うのだが、この交代が巻き返しの狼煙となる。
コーナーキックから1点返したこともあって流れはリーズに傾き、リースがボールを保持する展開になっていたのだが、アーセナルにボールが渡り、後ろからビルドアップするときのリーズのプレッシングも明らかに修正されていた。
アルテタの対策によって、前半はCBの持ち上がりを止めることが出来なかったリーズであるが、そのCBに対してプレスに行く選手を明確にしたのだ。
図8
ビエルサは、ハリソンの交代によって左に回ったWGのラフィーニャにCBへプレスをかけるように明確に指示をし、その後ろを左SBとなったダラス、DMFのストライク、左CBのクーパーがお互いで2人の相手選手を見る若干ゾーンのような守備にしたのだ。
これは逆の右サイドのときも同じである。
リーズは、リスク管理としてCBを余らせていたが、そこを少し削ってスライドさせたことで、かえってリスクを減らせるようになったのだ。
WGのラフィーニャが自分のマークを捨ててアーセナルのCBへプレスに行く。
それによって、リーズのSBダラスがアーセナルのSBにマークをスライドさせ、連動してリーズのCBクーパーがアーセナルのWGにスライドする。
そのため、アーセナルのCFに対してリーズはCBが余っていないことがわかる。
このようにして、ゲーム終盤はアーセナルのビルドアップを攻略しつつあったものの、流石に4点の差を縮めることはできず、4-2で試合終了となった。
まとめ
中盤の選手であるジャカとセバージョスがかなり中央にポジショニングすることとともにSBのティアニーとベジェリンが高い位置を取ることでリーズのマンマークを引きつけ、マガリャインスやルイスのドリブルスペースを空ける。
誰が持ち運ぶCBに対してプレスに行くのかはっきりしないリーズ。
誰も行かないとルイスにどんどん持ち運ばれてゴール前までドリブルされる。
中盤のジャカ、セバージョスが中央にポジショニングし、SBのティアニーとベジェリンが高い位置を取っているので、IHとマークの受け渡しができず、リーズのWGがスライドしてルイスにプレスをかけると、簡単にSBに逃げられてしまう。
後半、選手交代とともにアーセナルのCBへのプレッシングを明確化し、後ろは若干ゾーン気味で守りつつも、ボールが出たら、リーズはCBを余らせずに全員がスライドして対応。
リーズ用にしっかりと対策をしたアルテタとそれに対して修正できたビエルサの高度な戦術の戦いであり、点数以上にとても見応えのある試合であった。
2/20