PL4節 チェルシー vs アストン・ヴィラ 戦術レビュー 〜欧州王者を追い詰めたヴィラの対策とそれを上回ったチェルシーの修正力と個の能力の高さ〜
両者の現状
代表ウィーク明けで両者共に戦力が万全ではない中、前節退場者を出しつつもリヴァプール相手に最後まで凌ぎきり、未だ無敗の欧州王者チェルシーのホームに乗り込んだアストン・ヴィラは、普段とはシステムを大幅に変更して5-3-2で試合に望んだ。
https://www.whoscored.com/Matches/1549571/Live/England-Premier-League-2021-2022-Chelsea-Aston-Villa
まずは、前提として、チェルシーのスタイルを確認する。
チェルシーは、整理された配置をもとに非常に優れたビルドアップを行う。
基本的に3バックと2センターで組み立てて、前は幅、ライン間、深さを取る5トップのようなかたちとなるのが特徴で、この陣形から相手のプレッシング方法によって変幻自在にビルドアップのスタイルをを変えることができる。
中を締める守備を行う相手には、左右に展開して揺さぶりつつ、両CBが相手2トップの脇を持ち運び、自由に動くシャドーを使ってプレスを回避する。
3バック2センターに対して、人を捕まえるような相手には、ダイレクトプレーを使ってCHを経由した内から外への展開や、頭越しのフィードを用いた大きな展開、シャドーが降りてサポートするなどでプレス回避する。
このように、後ろ重心の相手には低いエリアでの優位性(2トップに対して3バック)を活かし、前重心の相手には高いエリアでの優位性(前線は広いスペース中で五対五の状況)を活かすという基本的な事を、監督と選手が瞬時に判断し、プレーで実行することができる。
一方で、プレッシングもビルドアップ同様に、相手の陣形に合わせて、変幻自在にスタイルを変えることができる。
相手が3バック(今回のヴィラ)の場合、2センターがそれぞれ相手中盤を捕まえ、3トップで中を締めてスライドしながら積極的にプレスをかけるかたちが基本である。
中盤脇のスペースは、FWのカバーシャドーを使いながら、CBが前に出て行くことで、完全に封鎖する。
更には、無尽蔵のスタミナを持つDFのスペシャリストであるカンテのカバーリングで蓋をするため、中盤のスペースを自由に使われることはほぼ不可能となる。
また、3トップの一枚(基本的にマウントやツィエフ)を削り、相手中盤に対して数的同数を作ってマンツーマン気味に捕まえ、2トップでスライドしながら積極的にプレスをかけるかたちもあるが、ヴェルナーやプリシッチのようにかなりハードワークできる選手の起用がないと厳しいだろう。
このように、後ろから前に出て行く守備、カバーシャドー、マンツーマンを用いて、まずは中央のスペースを消してボールをサイドへ誘導し、そこから全体がスライドしてボールサイドに圧縮することでボールを奪取するスタイルである。
ディーン・スミスの対策
守備 前線でのビルドアップ遮断と後方における数的優位
ヴィラは、配置が整理されたビルドアップを行える相手に対して、2トップが開いて構えて、両IHでそれぞれ相手2センターを捕まえ、相手3トップに対しては3バックプラスドウグラス・ルイスで対応するミドルプレスのスタイルを採用した。
プレッシングは、大きく分けて二通りある。
2トップのどちらかが外側の相手CBへのパスコースを消しながら出て行くプレスと、IHのどちらかがカバーシャドーで自分のマークを消しながら出て行くプレスである。
このプレスによって、外側の相手CBからドリブルでの持ち運びを防ぎ、同時に相手2センターをそれぞれマンツーマン気味に捕まえることで、3バック2センターの組み立てを遮断。尚且つ、後ろは3トップに対して3バックプラスACの4枚で数的優位を作ることで、降りてサポートする相手シャドーにも牽制。
また、マークが剥がされたり、ズレたりしてもどんどん縦スライドして出て行く積極的な守備で対応し、相手に自由を与えなかった。
このようにして、チェルシーのビルドアップを低いエリア、高いエリア共に制圧することに成功した。
更に、それだけではなく、前から牽制してボールを奪い切れると、相手CBよりも内側にいるCFが直線的にゴールへ向かえ、GKとの一対一の状況を演出できた。
攻撃 中盤での数的優位と前線における2トップの存在感
ヴィラは、組織されたプレッシングを行える相手に対して、3バックが開き、相手2センターに対して3センターで数的優位を作るビルドアップのスタイルを採用した。
瞬間的に顔を出してボールを引き出す中盤の選手を使って、テンポ良くボールを繋ぎ、レイオフなどを用いてフリーの選手へボールを送ることで、プレス回避することに成功した。
それでも、相手が3トップなのに対して3バックなので、中盤を経由できずにハイプレスにハマってしまう状況も多々あったが、その時はターゲットとなるワトキンス目掛けてロングボールを蹴って、彼が収めたり、落としたりすることで、プレス回避できていた。
中盤で数的優位を作ることで、フリーの選手を使ってプレス回避をするだけでなく、そのままドリブルで持ち運んでゴールに迫るシーンも目立った。
これは、3バックが開くことで、相手FWラインにカバーシャドーさせず、相手に脅威を与えられるワトキンスとイングスの2トップがそれぞれ相手ワイドCBをピン留めすることで、前に出て行く守備をさせずに裏へ走ってスペースを作ったからである。
このようにして、再三ゴールに迫り、幾度となく、決定機を演出を作ったが、メンディーのファインセーブや決定力の問題もあってネットを揺らすことはできなかった。
※ゴール期待値のデータでは、3得点を奪ったチェルシーを上回っている
https://twitter.com/xgphilosophy/status/1436757387021623302?s=21
トュヘルの修正
守備 システム変更による中盤での数的同数
プレス耐性が非常に高いコバチッチが個人の能力で相手マーカーとそのサポートの二枚を剥がして見事なスルーパスを出し、ルカクが冷静に決めるというように瞬間的な個の質で違いを作って先制ゴールを奪った。
しかし、試合内容で思うようにいかなかったチェルシーは、後半頭からジョルジーニョを投入し、中盤の枚数を増やすため、ツィエフとコバチッチをIHとした5-3-2(3-1-4-2)にシステムを変更した。
このトュヘルの修正の意図は、前半、中盤二枚のチェルシーに対して、中盤三枚ヴィラに数的優位作られ、そこを起点に攻め込まれていたため、中盤を三枚にして、ツィエフが前に出てドウグラス・ルイス、コバチッチがマッギン、ジョルジーニョがラムジーをそれぞれ捕まえることで、数的同数を作り、中盤を経由したビルドアップをさせないようにすることである。
まず、中央のスペースを消してボールをサイドへ誘導し、そこから全体がスライドしてボールサイドに圧縮することでボールを奪取するチェルシーのプレッシングスタイルのところの中央のスペースを消すという部分を強化したのだ。
ただ、前述したように、2トップでスライドしながら積極的にプレスをかけるスタイルは、ヴェルナーやプリシッチのようにかなりハードワークできるFWでないと厳しい。この試合はハヴァーツ(ハドソン・オドイ)とルカクの2トップなので、基本的に中央を切りながら外へ誘導する役割は行うものの、スライドしてボールホルダーまでプラスにいけないときは、中盤が自分のマークをカバーシャドーで消しながら相手ワイドCBまで出て行くかたちで対応した。
元々ヴィラは、ビルドアップをとても得意としているチームではなく、マルティネス不在のため一度下げてGKを含めた組み立ても殆ど行わなかったこともあって、このチェルシーのプレッシングはかなりハマった。このようにして、パスコースの選択肢を無くしてアバウトに蹴らせられるようになっただけでなく、高い位置でボール奪取してそのままショーカウンターに繋げることでチャンスを作れるようなり、ヴィラの後方からのビルドアップを制圧した。
その結果、実際にプレッシングから相手のミスを誘って追加点を奪うことにも成功した。
攻撃 ショートカウンター、レイオフ、ロングボールの使い分けと個の能力の違い
5-3-2(3-1-4-2)へのシステム変更は、守備だけでなく、攻撃においても違いをもたらした。
トュヘルの修正の意図は、前半、IH二枚がCHにマンツーマン気味に付いて中盤に自由を与えず、ACを残すことで後方で数的優位を作るかたちを取っていたヴィラに対して、中盤を三枚にすることでそれぞれ誰が付くのか迷いを生じさせることである。
IHとなったツィエフに対して、ACが出て行くのかCBが出て行くのかを曖昧にさせるようにした。
CBの一枚が前に出ていけば(後半序盤)、相手2CBに対して破壊力のある2トップが広いスペースで数的同数を作ってプレス回避し、中盤に対してそれぞれ三枚がマンツーマン気味につけば(ベイリーを投入してトップを置く5-2-1-2に変更して以降)、CBがドリブルで持ち運びつつも空いている中央のスペースを使ってダイレクトプレーでテンポよく繋ぎ、マンツーマンを剥がしてプレス回避できるようになった。
映像を見てもわかるように、やはりMF(特に代わって入ったジョルジーニョ)の動きとそれに合わせたDFとFWの連携は絶妙で、カバーシャドーを使う相手に対して、降りてボールを引き出すのではなく、敢えて前に出てレイオフを使ってボールを受けることで、テンポ良くパスを繋いでいとも簡単にヴィラのプレッシングを剥がすことに成功し、そのままチャンスへと繋がることができていた。
CBを釣り出してからサイドへ展開し、その間のスライドのズレを活かして、2トップ vs 2CBの状況を作り、トドメの三点目を奪うことに成功した。
まとめ
結果として、3-0とチェルシーの完勝で幕を閉じた試合であったが、特に前半のヴィラは、合理的且つ段階的にチェルシーのビルドアップとプレッシングを封じ、決定機を作ることに成功していた。(個人的には、トュヘル就任以降、合理的且つ段階的にチェルシーのゴールへ迫ったのは、20/21シーズンPL35節のシティ以来、二チーム目のように思えたくらいのクオリティの高さだった。)
〔詳細は、20/21 CL決勝 チェルシー vs マンチェスター・シティ 戦術マッチプレビュー PL第35節 戦術レビュー に記載〕
それでも、流石は欧州王者チェルシー。
基本に忠実でそれを徹底的に落とし込んだ戦術とそれを相手のやり方によって柔軟に使い分けることができるだけでなく、プラスアルファとして、ルカク加入で益々個の能力の質で違いを作れるようになり、尚且つ、俯瞰で試合を分析し、課題をすぐに修正できるトュヘルとそれを忠実に再現できる選手が揃ったチェルシーは、今シーズンも他クラブより頭ひとつ抜けて非常に磐石な体制を築いている。
今シーズンも、CL、PLを含めて充分に三冠を狙えるクオリティのあるチームだが、果たして、全ての大会がチェルシー中心となって回っていくのか、それともどこか他のクラブがストップをかけるのか、今後もチェルシーから目が離せない。
9/15